2014年08月03日

父の一回忌、新盆。芦屋に帰省。

2013年8月3日。昨年の夏休み休暇の初日の朝、父が逝去。休みのために全ての仕事を調整していたので、心置きなく通夜葬儀を行うことができました。ただ背中だけを見せてくれた父。男の対話がついにできなかなった父。しかし、どこまで子どもの事を想ってくれる父親なんだ!そう思いました。

あれからもう一年。まだ一年。母の言葉に重みがあります。

太融寺の院主さまとお話して、祥月命日の前にお盆と合わせてお参りしましょうという事になり今年は新盆。我が家ではしばらく途絶えていお迎え火をしました。時期は少し早いのですが、ご先祖さまと父をお迎えしてお参りをするために。


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おりんを鳴らす母


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おがらを焚く


我が家のお盆は、夕暮れに蚊の餌食になりながら、祖父がおがらを焚き、祖母がおりんを鳴らし、ご先祖さまの通り道を邪魔しないようにお数珠を持って神妙にしていたことを懐かしく愛おしく思い出します。それが、今やおりんを母親が鳴らし、僕ら兄弟がおがらを焚き、ご先祖さまと父も迎えることになってしまいました。


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祖父と祖母によるお迎え火 
写真集「一年後の桜」より。
撮影は1991-1994年


しかし関西らしい、早朝のクマゼミの大合唱で目覚める湿度の高い耳鳴りの夏。子どもの頃の大好きな「夏休み」の風物を、父のおかげで確実に毎年過ごすことができるようになりました。一年でも長く母と兄弟で、おがらを焚きおりんを鳴らしたい。僕が子どもに戻れる時間。芦屋の庭の夏。


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太融寺の院主さま


翌日は、Facebookがタイムマシーンだと感じたこと。以前、小学校の同級生女子から卒業以来約40年の時間を越えてリクエストのメッセージ。その同級生女子が、僕が帰省しているのをタイムラインで発見してくれて、「今日たまたま秋の同窓会実現に向けて6年2組の女子5名がランチするので来てください!」というメッセージを送ってくれました。駆けつけてみたら、フルネームで全員を言い当てることができました!一気に小学校の教室状態。5人中、3人は芦屋在住、1人は関西圏、1人は関東圏。10月の同窓会に向けてキックオフ。誰かが持ってきていた卒業アルバムのクラス全員集合写真を見たのですが、僕は中学以降の同級生とは繋がりがあるのですが、何と小学校の同級生とは誰とも接点がないことを初めて把握しました。役に立たないことが判明です。


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精道小学校6年2組の面々


その後、今は甲南女子大学のメディア表現学科教授の河崎晃一さんとランチ。来年、阪神淡路大震災から20年。この大きな節目に、写真家として作品を発表したいと考えているので相談に乗っていただきました。

河崎さんに初めてお会いしたのは確か1992年頃。その当時は出来たばかりの芦屋市立美術博物館の学芸課長さんでしたが、芦屋の写真を撮り貯めていたので見ていただいたのがキッカケでした。そして震災の年、来年に咲く桜を「一年後の桜」として撮影しますとお話して、個展を応援していただいたり、グループ展に選んでいただいたりしました。そして震災から10年後の節目である2005年に出版した写真集「一年後の桜」では大変に励みになる文章を執筆していただきました。今日はその続編となるシリーズを見ていただき、様々なアドバイスをいただきました。

写真作品は自分自身の人生の映し絵。会社のソーシャルアクション、東北での活動、そしてプライベートで起こる全ての事柄など、様々なことから指針が浮かび上がってきました。キーワードは「広がり」です。自分の思考を普遍的なイメージで伝える視野の広がりや、それによる理解の浸透という意味です。今日の学びを糧に、また一歩一歩、自分磨きをしたいと想います。


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河崎晃一さんと

父のおかげでこの時期に帰省して、たくさんのチャージができました。
「ありがとう父さん。」

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2014年07月20日

今年も「昆虫の王国」へ。

毎年恒例の、八ヶ岳の麓に行きました。日没後、人間界のコミュニケーションを忘れて「昆虫の王国」にお邪魔して、無事35匹(だったと思います)を故郷に還してやりました。


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長坂インターを降りて八ヶ岳を眺める


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こんな光景があちこちに、、、


最近は天気予報がピンポイントで判るので思い切った行動判断が出来て後悔することが減ってきました。今回も出発時は土砂降りだったのですが、八王子あたりは薄曇り、韮崎あたりでとんでもない局地的な豪雨でしたが、長坂はパラパラで雲が切れていく状態。各地区ほぼ予報通りで、最終的には月に見守られる「昆虫の王国」でした。


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まずはヒグラシがお出迎え


僕はお酒が飲めないから感じるのか、真っ暗な中で人間でも酔っぱらってしまいそうなぐらいに怪しく匂うクヌギの樹液。ガサガサとカブトムシの動く音。ブーンというあの独特の羽の音。懐中電灯を照らすと樹液にオスメスが激しく入れ替わりながら吸い付いています。この匂い。幹を削りながら吸い続ける昆虫の気持ちが判るような気がします。よく見ると大きなオスのハーレム状態でした。次々とやってくるオスをことごとく飛ばして樹液とメスを独占。何ともふてぶてしいというか頼もしいというか。カブトムシ達も昆虫酒場で酩酊状態なのでしょうね。懐中電灯を左手に、カメラを右手に悪戦苦闘しながら絵作りをしてみました。


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樹液の匂いを探して


その後、これまで確実に見つけることができた数カ所の街灯の下で救助を待つカブトムシを探しましたが、幸か不幸かオスメス1匹づつ。それと小さなノコギリクワガタのオスでした。今年初めて遭遇したのが、街灯に飛んでくる甲虫をコウモリが狙っているところでした。コウモリが飛び去った後まだ動いている胴体のないカブトムシが数匹落ちていました。以前は歯形ある亡骸があり、遠くキツネが駈けるのを目撃したり、街灯の下にキツネと鉢合わせたりと、今年も例年通り人間社会の構成物の中に居ながら「昆虫の王国」をさまよう感覚でした。


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ハーレム状態


今回は夏休みの初日だったからか、珍しくお父さんと息子さんやご両親と息子さんが多数街灯を巡っていました。もちろん先頭はお父さん。例年は会う機会がなかったのですが、こんな時間を過ごす親子が居ることにホッとすると同時に絶滅しないことを祈りたいですし、天候のせいだと良いのですが今年は特に飛来する数が少ないのが気になりました。八ヶ岳の麓も住宅開発が進み毎年風景に変化があります。薪炭林がカブトムシとの共生を可能にしてきたので、この地らしい営みが続いて欲しいと特に感じたのでした。


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というのも、長坂インター前の本屋さんで「カブトムシ山に帰る(山口進)」を小学校高学年の推薦図書でしたが思わず購入。写真家だからこそ見つける視点であり、写真家としてとても刺激を受けるメッセージ。

ここ30年で小型しているカブトムシを見かけることが増えていること、クワガタの幼虫を探していたとき奥山の朽木でカブトムシの幼虫を見つけたこと。これらから、本来は奥山の生き物だったカブトムシが、里山が拓けて薪炭林が豊かになり、腐葉土の中で大きく成長できる環境を得て、人間界にも昆虫の王様として認識される存在になった。今後も自然との共生の象徴的な里山の営みを大切にというメッセージでした。

この本を一人でも多くの子ども達が読んでくれたらと思います。自分たちの夏の主役であるカブトムシがいつまでも存在してくれるために、自然と共生する営みが欠かせないという事実を知ることで、ライフスタイルのシフトが進むのはとても健全だと思うのです。

北杜市周辺は、古い蔵やお地蔵さんなどあちこちに残っています。夜は昆虫の王国への異次元空間への迷い込み、日中はいにしえの時空への迷い込みができる素敵なエリアだと感じています。

さてこの昆虫の王国への訪問。あの高尾山のトンネルが開通したため、いよいよ圏央道が厚木から中央高速につながりました。これで厚木から津久井を経由して相模湖インターへ抜ける味わい深い道を走らなくなり、約1時間は短縮できることになります。便利は本当に有り難いけど、そのために何を失っているのか、この道は考えさせられます。

便利とは時間をお金で買えることですが、失ったものはお金では買いきれない未来です。しかし時間を買いたいのは個人。失ったものは個人の生活にどんな影響があるのかないのか実感できるものではありません。この未来の価値を何とか個人でも実感できるようにお金に換算できないか、多くの仲間達が研究しています。その成果を心から待ちたいと思っています。

ソーシャル・コミュニケーションという領域で行動していても、今の社会システムで生きているために、僕個人の行動は矛盾だらけです。限られた人生、時間。その中で求められ行動すること、自らの問題意識で行動することが、とてもゆったりした時間配分ではまかないきれない。自分自身のライフスタイルを僕もそろそろ答えを出さねばという気持ちになる、今年の「昆虫の王国」への訪問でした。


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見送ってくれたのはノコギリクワガタ



posted by 川廷昌弘 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

南三陸の森から

13日(金)の夜、東北新幹線に乗りくりこま高原からレンタカーで南三陸に入りました。

定宿の「いりやど」に着くと、満月を一日過ぎた月が杉の木立から呼びかけてくれるのでさっそく撮影。21時から林業家「佐久」の太一くんと打合せ。14日(土)と16日(月)は森林組合が作業をしている高台移転の造成地の撮影、15日は夕方から、ホテル観洋で「南三陸森林組合フォーラム」の開催、その最終確認でした。造成地の現場に入るためのヘルメットと地図を受け取り気合いが入ります。寝る時に外を確認したら、なんと月が見えているのに雨が降っていました。


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14日(土)、朝6時半起床で動き始め。前夜の雨のおかげか、梅雨の中休みにしてはあまりに壮快で透明感があって抜けるような青空。どこにカメラを向けても絵になる日となりました。寄り道をしながら8時頃に現場に到着。実は受け取った地図が手書きの不確かなものだったため、津波で流された平地は道も変わり周辺は雑草が伸びきっていて、小さな小川を渡る橋がなかなか見つからず少々焦って到着。でも作業員の皆さんは8時半に集まり出したので、挨拶をして問題なく撮影に入れました。現場を監督するのは森林組合の山内さん。作業をするのは石巻や山形からの応援部隊でした。さらに造成地全体はデベロッパーのJVが監督する混成チームです。


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南三陸森林組合の山内さん


南三陸の高台移転は大きく3つの地区に別れており、志津川高校の裏山を拓く西地区、すでにある高台の町を拡張する東地区、そして国道45号線が迂回する周辺を拓く今日の撮影現場である中央地区。そして津波の被害を受けた市街地エリアは8mから10mほどのかさ上げを行って住居以外の施設や道路が作られ、新たな地層の上に全く違う町が出現するような印象です。その全体図やまちづくり協議会の話合いの資料などを事前にみる機会を得ていたので、雰囲気がつかめて大変に助かりました。


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さて今日の現場、谷から見上げると採石場のような状態。斜面を上がると森を拓いている状態。木立の向こうにはハゲ山があり、ここは中世の城郭が発掘された場所。様々な要素を持った現場。透明感溢れるけどあまりに強い陽射しに木陰でのチェーンソー作業の露出に四苦八苦しながら、造成地全景と林業の表現を追求。眩しく地面がむき出しの現場に大型重機がうごめく迫力も追求。写真家としての様々な引出しを要求される現場でした。ちょうどお昼休みで撮影も一段落。


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午後は、この地で活動を続ける「ウィメンズアイ」の皆さんのご厚意によって中瀬町の佐藤徳郎区長に会える事になり仮設住宅を訪ねました。ポイントは、南三陸の林業を撮影していますが、高台移転のための造成も森林組合の事業であり、その事業によって新たな暮らしが始まる事も撮影したい旨をお伝えしました。僕の阪神淡路大震災の被災経験をまとめた写真集「一年後の桜」をお渡しして、どんな気持ちで写真に向き合っているのかを少しお話できたように思います。


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佐藤徳郎区長とウィメンズアイの石本めぐみさん


夕方、陽射しが斜めになってますますフォトジェニックな状態のため、様々な高台に行ってみました。上山八幡宮あたりからの眺め、志津川中学校からの眺めを確認。それと志津川小学校の位置も確認しようと思って行って見たら、その奥に相当広大な造成地が見えたため、これはどこだ!と地図を片手に入り口に立っているJVの方に聞いたら中央地区。午前中撮影した場所とはまた違う雰囲気だったため、これはすごい場所だと思って、よーく見てみたら、どうも異空間にいるような感覚の中に既視感があり、もしやしてこの同じ場所から僕は午前中に撮影していた場所??という事に気づき始めたのでした。午後の作業ですっかり伐採が進んだ事と、陽射しの効果でまったく別の風景に見えたために、とんでもないトンチンカンな感覚に陥っていました。改めて今の印象のままに撮影。とても手応えのあるシーンでした。


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丘側に沈む日没の風景をどこで撮影するか。できれば志津川湾を手前にしたロケーションを探しましたが、結局はホテル観洋を少し下った辺りで海が淡い色に染まる様子を撮影。ちょうど雲が演技をしてくれたので広がりを感じる撮影となりました。


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暮れゆく志津川湾


15日(日)、この日は朝から「南三陸森林組合フォーラム」の司会をお願いした櫻田彩子さんご夫妻と南三陸巡り。仙台ご出身のお二人ですが、被災後の南三陸にはあまり足を運べていなかったそうなので、フォーラムの前に駆け足で予習をして頂く事にしました。防災庁舎でお祈り、志津川中学校からの市街地、志津川小学校からの造成地、杉の適地ではないかと考えるに値する荒澤神社の樹齢800年の太郎坊杉、そして志津川湾の守り神の荒島と巡り、お昼ご飯には知る人ぞ知る、大沢地区にある「山の食堂ポルセリーノ」に行ってみました。

細い山道をこれでもかと入っていって、広い牧草地に出たらまた山に入ってと繰り返すと看板が見えました。鶏やヤギが放し飼い、豚さんも居て、何とも素敵な場所です。建物の中もご主人の世界そのもの。全て手作りの家具。こんな足のテーブルなんて無いな、とか、こんな椅子は2つと無いなとか。素材の個性ある形をそのまま活かしたものばかり。お料理は「いばり豚」のラフティジンジャーとラフティトマト煮を注文。ご主人の杉田徹さんがどんどん話しかけてくれて、お料理の味と豊かな自然哲学とが合わさってとても美味しい時間となりました。食後は外のテーブルでコーヒーをいただき、杉田さんと写真の撮り合いっこ。杉田さんはリピーターにとのお誘いなのか、早々に撮り直しのために再訪するようにとの指示。僕は手応えがあったのですが、データを送ると撮り直しの指示が。送られてきた被写体がおじいさんに見えて自分には見えないとの理由。何とも素敵なご主人です。


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杉田徹さん


充実した南三陸巡りを終えて14時にホテル観洋に入り、打合せをして16時からのフォーラムに備えました。このフォーラムは3月25日に実施した「しずがわ源流ウォーク」を起点としており、ガイド役だった南三陸で12代続く林家の佐藤太一くんと意気投合し、新しい視点で南三陸の林業を考えていこうという話に。そしてフォーラムを開催する事で、林業からの狼煙を印象付けたいと考えました。そこで基調講演には日本で最もカリスマ性を持つ林業家の速水亨さんにお話いただけるなら実現しようと太一くんと申し合わせて速水さんに連絡を取ってみたら、森林組合長でお父さんの佐藤久一郎さんと速水さんが学生時代からのお付き合いという事が判り調整が一気に進みました。フォーラムのコンセプトや原文は僕が書いてみましたが、森林組合が最終確定、登壇者やお題は森林組合からのアイデア。あくまでも主体は地域です。


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南三陸森林組合長の佐藤久一郎さん


「南三陸を森から語る。〜新しい林業経営で未来を拓く〜」

南三陸町は、分水嶺が行政区という流域を俯瞰できる町です。この町に降る雨は、八つの川となって志津川湾に注ぎます。南三陸の人々の営みは、森里川海のつながりそのもの。山は海からの潮風で育まれ、海は山からの恵みによって育まれ、海の人が山を、山の人が海を考える町。そんな町で、新しい林業経営による、ものづくり・エネルギー・観光・教育など様々な可能性を考える。南三陸の森から未来を語ります。

司会:櫻田彩子(アナウンサー)
会場:南三陸ホテル観洋

16:00-17:00
主催者挨拶 佐藤久一郎(南三陸森林組合長)

基調講演 速水亨(速水林業代表)「林業の未来と東北地方の森林の力」

17:00-18:00
基調報告
「経営計画作成支援ソフトと林家向け簡易GISについて」吉田正木(吉田本家)
「南三陸でめざす小規模分離型モデルを世界へ!」アミタ持続可能経済研究所 
「南三陸の森から語り始める」川廷昌弘(博報堂CSR推進担当部長)

18:30-19:30
懇親会


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速水林業代表の速水亨さん


速水さんからは、●杉の販売価格からはじき出すこれからの林業経営、●海外の林業経営規模や樹種と伐期に関する潮流、●東北の産地にみる可能性と気候変動の影響、これらを踏まえて、●長伐期と単伐期の可能性、●ステークホルダー対話の重要性、●行政に振り回されない主体的経営、●地域住民も納得する森林管理、●作業の集約化や合理化、●規模の大きな販売の共同化などの検討、●徹底した科学的な合理化、という提案でした。グローバル視点、法制度から現地の命の声に耳を傾ける事まで、いつもながら幅の広い視野、細やかな思慮、大胆な発想にノックアウトでした。そして最後に語るのは、ドイツの林学者アルフレート・メーラー(1860-1922)の言葉。有名なフレーズである「最も美しい森林は、また最も収穫の多き森林である。」ではなく、「諸君!机上で地図に印をつけて伐る木を決めるなかれ!斧を持って森に入りたまえ、樹と語りながら印をつけなさい。」でした。

吉田さんからは、現場で必要に迫られて研究を始めて試行錯誤を繰り返しながら実用化を進めているGPSとGISを活用した経営計画作成支援ソフトの開発。これから社会の中心となる世代による、人間としての感性を山で磨きながら最新技術を駆使する、これからの林業経営の姿が浮かび上がってくるような内容が判りやすく刺激的でした。

アミタは南三陸に入っている櫛田さんからの報告で、バイオマスエネルギーに向けた取組みだけでなく、森と海の物語の情緒性を商品の付加価値にする事を考えた、国際森林認証のFSCの取得だけでなく、国際養殖魚認証のASCを同時に取得し、世界でも例を見ない自治体を目指そうという提案でした。

最後に僕の出番だったのですが、準備していた原稿では、この流れを拾いきれないと判断し急遽、会場で内容を作り替えました。冒頭で、森林が持つ多面的機能の付加価値を企業が理解する機運、CSRという概念の理解の変遷によって、ようやく本業そのもので社会責任を表現するフェーズに来ている。そのCSRのグローバルスタンダードにISO26000やグローバルコンパクト10原則があるが、特にISO26000は企業に限らずあらゆる組織に対して適応されるガイドラインであり、皆さん方、森林組合や個人経営主、自治体もすべてこのガイドラインに照らし合わせて健全な組織運営をする事が求められている。よってまずは自ら7つの中核主題を踏まえて考える必要があるが、速水さんの提案にあった、ステークホルダー対話、地域住民も納得する森林経営、そして人間と自然が共生する適正な林業経営、吉田さんの提案にあった精度の高い管理システムによるバリューチェーンの顕在化、櫛田さんの提案にあった地域の特徴を活かした商品の価値化などを確実にこなす事で、条件を満たすだけでなく、魅力と品質を担保する事になる内容だった。その理解の上で、様々な企業との商売や連携に向ける視点を持つのは大きな武器になると思う。と整理してみました。

あとは撮影した作例を投影し、僕の南三陸への想いを語りました。その中で最もこの場で言いたかったのは14日に撮影した造成地の現場で感じたことでした。現在の森林組合の大きな業務は造成事業。本来の山の手入れをする事業と、高台移転のための山を切り拓く事業。同じチェーンソーで伐倒する作業でも意味合いが全く違う、心の葛藤が渦巻く相反するような事業ですが、何より造成地の作業は南三陸の人々のこれからの暮らしの場づくり。この場づくりがあってこそ、山の恵みからの産業に取り組めるのだという沁み入るような実感です。

懇親会では、森林組合長から一代で良い山作りをしている芳賀孝義さんや、森林組合の多くの苗を育てている千葉吉見さんをご紹介いただきました。「杉の苗が今がとっても可愛くて良いんだな、、、」の一言で、明日は千葉さんの苗床の撮影に伺うことにしました。それと8月の撮影時は山の中で組合長を撮影することも約束。

さて、終わってみればフォーラムの参加者は70名を越え、森林組合の総務課長の山内日出夫さんにお聞きしたら、会場のホテル観洋も森林関係者でこれだけの集客にはビックリしていたとの事でした。

16日(月)、土曜の撮影で積み残した造成地で中世の城郭が出たという新井田周辺を撮影。これが二の丸かな、三の丸かなと、いにしえに想いを馳せながらファインダーを覗くと不思議とそんな地形に見えてきて、雲が多かったので太陽待ちをしていると段々と時間を越えていくような感覚になりました。


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次にすぐ目の前にある丸平木材に向かい代表の小野寺さんのポートレイトを撮影。小野寺さんは48歳。100年続く製材所を津波で流されましたが、1年後には高台にあるこの地により大きな製材所を復興。とても穏やかに語る小野寺さんですが、その根底に流れるエネルギーには圧倒されます。そんな気持ちを抱きつつ、積み上げられた丸太の前や製材現場で材を見る表情など、1枚から人柄と仕事がにじみ出るようなシーンを探しました。


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丸平木材代表取締役の小野寺邦夫さん


森林組合にお借りしたヘルメットを返しに行き、山内日出夫さんのポートレイトも撮影。お昼ご飯は小野寺社長と語り合いながら食べて南三陸を出発し、登米の千葉さんの苗の撮影に向かいました。お電話で申し合わせた待ち合わせ場所のJR瀬峰駅に向かいまずは千葉さんのご自宅に。そこで苗について語る千葉さんを撮影。針葉樹は杉、ヒノキ、黒松、赤松、広葉樹はコナラから山桜まで多品種を育て、杉は南三陸森林組合、黒松は海岸林のために沿岸部などに出荷。先代から引き継いだ家業だけど自然は難しいと語り、「毎年一年生のようなものだ」と、とても印象に残る言葉で表現されていました。次に畑を案内してもらい、1年生、2年生、3年生の苗を撮影。3年生の苗は来春に出荷され山に植えられます。どんな山でも健やかに育つように、毎年根を切り厳しく育てることで粘り強い苗を育てています。畑を背景に立つ千葉さん、目を細めて苗を眺める千葉さんなど、まるで海外のファーマーのようなポートレイトが撮影でき、今回の南三陸の林業の撮影もこれで終了、とても充実し手応え十分な内容で幸せです。


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3年生の杉


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千葉吉見さん


次回は8月。そろそろ雨に打たれても良いなと思っていますが、緑にむせ返る山や朝霧の発生も期待し、造成地の進捗も確認したいと思います。南三陸の山の物語は、日本のあるべき未来を拓く物語でもあるように思います。ぜひ長い視点で撮影したいと気持ちを新たにした次第です。

第1回目の撮影ブログ「南三陸の森へ」はこちらでお読みいただけます。良かったら、今回の内容と合わせてお読みくださいね。

posted by 川廷昌弘 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

南三陸の森へ

これまで林業なんてド素人の僕が、森林関係の方々と多くの出会いがあり、その中でも速水亨さんとのご縁から、2000年に日本で最初の国際森林認証のFSCを取得した速水林業の山を3年通って撮りつづけ、そのたびに速水さんや川端基洋さん、そしてとびっきりの職人である速水林業の方々から様々な話を山の中で聞き、人工林と林業を自分なりの視点で捉える事ができるようになってきたように思います。そして有り難い事に、いろんな方から都市と山を結ぶ事を期待していただき、お手伝いをさせてもらう機会をいただいてきました。

今回は、南三陸を林業から元気にしたいという、熱き想いを抱いた若き林業家からのお誘いをいただき、南三陸に通いたいと考えるようになりました。

今回の取材は、林業からの産業育成のための会議に出て欲しいという事がそもそものきっかけで、そのためには山を自分なりの視点で理解しておかねば、全くの机上論、評論家でしかなく、僕が招聘する側なら二度と来なくて良いよと思う人間になってしまうので、写真家としてのスキルを活かして、これからの南三陸の山の変化を見届けるためにも、じっくりと山と向き合う撮影をして視点を作りたいと考えたのでした。そこで今回は、5月6日から10日までを南三陸にこもる事にしました。平日の林業の現場を集中的に撮影したいと思ったためです。初日の6日午後をロケハンにあて、7日から撮影日として計画し会社は有給休暇としました。

実は昨年の夏、夏休みを取得していたのですが、偶然にも親父が夏休みの初日に逝去し、その夏休みが丸々忌引き休暇となってしまったのでした。今年度に入り、昨年度の夏休みを6月までに取得せよという有り難い会社の指示があり、調子に乗って日取りの悪い今年のGWを埋めるように、単独大型連休とさせてもらったのでした。

さて、6日、初日。13時にくりこま高原駅に到着。すぐにレンタカーを借りて南三陸の入谷へ。ここで12代続く林業家で「佐久」の専務である佐藤太一くんと待ち合わせ、太一くんのマツダAZオフロードに乗り換えてロケハンに向かいました。14時半から18時半まで4時間かけて見たのは、八幡川に沿う西側斜面の2カ所、水尻川に沿う南北の斜面の2カ所、それと大雄寺の近くの古い城跡がある山。そして入谷の滋味の良い斜面、この6カ所です。


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入谷近くで見つけた多彩な新緑


南三陸町は分水嶺が境界線という自然の地図そのもの。ここの杉の山々は、志津川湾に豊かな水を送り届け、海は潮風で山に養分を贈り返して良材を生むと言われています。そのため土地の境界線は出来るだけ木を密集して残して、海からの恵みをしっかり受け取るという、この土地ならではの育て方があると言われています。

山梨や三重で見て来た杉と違い、少し細く育っているような印象も受けましたが、滋味豊かな斜面では、いかにも繊維が詰まった締まりが良く太い木もあり、斜面ごとの個性というか持ち味が感じられ、南三陸の林業の魅力を大いに感じつつ、木を育てる難しさと楽しさを感じるロケハンとなりました。


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特に下層植生の命の芽吹きというか、若い緑と可憐な花々が咲き乱れ、より良い明るい人工林ほど命の多様性を感じます。とはいえ、まだまだこれから手を入れたいという山も多くあり、若き林業家の太一くんのこれからが、山にとっても本当に大切な時期を迎える事を感じます。


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日没までロケハンと撮影を行い、それから食事をと思ってお店を探したのですが、GW最終日だからか、どこも灯りが消えていて、なんとコンビニ弁当となってしまいました。21時頃に定宿の「いりやど」にチェックイン。何と、僕が連泊する間は貸し切り?!だそうです。光熱費等、申し訳なくって、、、恐縮しながら鍵を受け取りました。大きな湯船も貸し切り、ロビーも貸し切り、食事は全て外で食べると考えて素泊まりにして結果的に良かったかなと思いつつ。


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7日、2日目。今日は林業の現場撮影です。8時に土場に集合。林道のための伐採と搬出。従業員は二人。とっても息の合った作業のテンポが心地よく格好良い。緑の中にオレンジの服装が絵作りには都合良く、二人も運動神経が良いようで、どの作業や仕草も絵にしやすく、こちらの腕を問われます。作業の負担にならないようにとは思いつつも、力のある写真にしたいので、ついつい至近距離まで。でも良い呼吸で撮影させてもらえたと思います。午前のチェーンソー、搬出、午後の刈り払い、そして搬出。1日中、立ち会わせてもらいました。この一日でほぼ作業の撮影の目処は立ち安堵。


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日没まで時間があったので、長い長い時間をかけて今も育ち続ける静かな谷に向かいました。ここには道がなく小さな流れがあるので、それに沿って少し登っていくプロセスが神聖な場所へ向かう気持ちにさせてくれます。そして150年を越える命の杉との対話をさせていただきました。重厚感のある空気に包まれる静かな時間。それから山の稜線まで上がり、志津川湾を見下ろすアングルを探し、山が育む海、海が育む山のイメージを格闘してみました。夜は太一くんと志津川湾を見下ろすお店で海の幸を頬張りながら、お互いのプライベートも語り合う素っ裸の時間でもありました。


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静かな谷に佇む


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林業地より志津川湾を望む


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海の見えるレストランでキラキラ丼


8日、3日目。5時過ぎに起床。朝日に照らし出された抑揚のある山の表情を取りたくて数カ所の山をハシゴ。出会い頭を楽しみながら、期待以上のシーンに出会い、このエリアの山々との相性の良さだと勝手に思い込む始末。幸せな勘違いを続けたいと思います。8時に前日と同じ土場で待ち合わせ。今日は朝から刈り払い機で、昨日の山をさらに刈り込みます。この斜面は杉がみるからに弱い。ブッシュのようになってしまって養分を全て持っていかれているように見えます。杉は他の植物と共生し、その植物からの養分を吸い上げて大きく成長するのですが、ここが杉を育てる事が目的であれば完全にバランスが崩れてしまった状態。


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中瀬地区の里山


お昼前には撮影の手応え十分となり、今回の作業撮影を切り上げて、太一くんと石巻に近い慶應大学の森や「佐久」の持つ山に向かってみました。国道を脇に入ってしばらくは里山風景の一本道です。しかしここまで津波の爪痕が残っています。自然の再生、暮らしの再建が共に進む事を願わずにはいられません。その1本道がいつしか林道となり、ダートとなり、とてもこのクルマ以外では上がれないのではないかと思うような悪路になっていきました。その先に、静かに手を入れるべき山々が佇んでいました。一帯が広葉樹で、足下には山桜の小さな花びらが散っていて、少し早い季節だと色づいた山を撮影できたのかも知れません。今は新緑のいろんな緑色がカラフルに感じるほど。そして杉の山への足を伸ばしてみました。比較的、樹齢を刻んだ太さの杉が多く立っていました。少し拓けた場所に150年ほどの大きな杉があり、その木陰でお昼を食べて下山し、森林組合に向かいました。

今日は15時からみっちり3時間、森林組合や山の会のメンバーが南三陸杉の可能性を信じて、産業創発するための下地作りを議論。3時間の中で特に後半の議論に僕なりの視点で意見を言わせていただき皆さんの頭を撹拌する役割を担いました。この役回りを期待されて今回、この会議に出るよう要請を受けていましたので、期待に応えることが出来たようでホッとした次第です。次のステップも整理して確実に前に進む流れができたように思います。この会議の後、アミタの佐藤博之さんと、久しぶりに語り合え共有出来た事も嬉しかったです。


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太一くんに撮ってもらったお気に入りのポートレイト


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志津川湾


夜は丸平というこの地で100年以上続く製材所の小野寺社長と太一くんと3人で会食。小野寺さんは48歳。ほぼ同世代で、町中にあった製材所が流されてしまったけど、なんと1年後には高台にあった土地に以前より大きな製材所を立ち上げて復活。いま僕からみると順調に業務を推進しているように見えます。その中で杉の低温乾燥にこだわり、南三陸杉のポテンシャルを引出し、本来自然が人間にプラスの効能を発揮すると信じた製品化を行ってして世に送り出しています。さらに、大人も子ども一緒になって山で遊んで学べる場所をつくりたいという想いから「やまさございん」という非営利組織まで立ち上げ、想いの共有ができる人とのプラットフォーム作りまで進めています。語りはソフトですが、その信念に惚れ惚れする男です。こんな人たちがいるので南三陸は間違いなく復興し発展すると思います。それにヨソ者らしい関わり方で仲間に入れてもらえているシアワセを噛み締める食事でした。


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語り合う夜


9日、4日目。今日からロマンチックな気分で撮影となります。朝から荒島です。荒島は志津川湾に浮かぶ小さな無人島で歩いて渡れますが、この島は「佐久」の私有地。山頂には荒島神社がまつられ、タブの木と杉の織りなすダイナミックな風景が広がります。陸地にある杉の山とは違う、多彩な眺めを撮影することが出来ました。続いて中瀬地区の仮設住宅の対岸にある古い城跡のある山で樹齢270年の杉と対話するために向かいました。ここで今は使われていない神社の社に座って、大きな杉に見下ろされながらお弁当をいただくピクニック。


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荒島


さて13時半に森林組合に向かい、太一くんのお父さんで、「佐久」の11代目であり森林組合長である佐藤久一郎さんと2時間に渡る会談をさせていただきました。現在、南三陸町森林組合は高台移転のための造成地作りのためにかり出され、山の手入れが後回しになってしまっており、組合は黒字でも山は手つかず。せめて「佐久」の山は太一くんに管理を頼み、一日も早く南三陸町全体の林業を活性化させたいという状態。震災と津波が来るまでは、20年をかけて南三陸杉の魅力を地道に伝え続け、林業再生の歩みを確実に進め、森林組合の経営も順調に向かい始めていたところに311。ご自宅も流されてしまったのに久一郎さんの眼はキラキラと輝き、かならず南三陸の山が元気を取り戻すに違いないと確信した次第です。6月15日には、僕が提案させてもらった「南三陸森林フォーラム〜南三陸を森から語る〜新しい林業経営で未来を拓く〜」を南三陸町のホテル海洋で開催します。ここをキックオフにして、南三陸の山に関わる皆さんの応援を具体的に進めていきたいと考えています。


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暮れ行く志津川湾


有意義な話合いができて晴れやかな気持ちのまま、志津川湾を見下ろす珈琲神社というカフェで夕暮れに染まる大きな空を眺める贅沢な時間を過ごし登米に向かいました。以前からの約束で、登米市に拠点を置き、南三陸町で支援活動を続ける「ウィメンズアイ」やフリーペーパー「Fortune宮城」など、石本めぐみさん、河崎清美さんの日々の相談を聞くのが目的のご飯。森の撮影の間の頭の体操のような時間でもありました。

10日、最終日。さていよいよ最終日。朝一番に入谷にある滋味の良い斜面にひっそりと立つ杉たちに会いに行き1時間ほど撮影。とても静かですが生きる力を感じる時間。次はウィメンズアイの石本さん河崎さんと一緒に歌津に向かいました。彼女達が期待する活動のひとつに、南三陸の地に羊牧場を拓いて、新たな事業を興すという夢を実現しようとする人々がいます。高台から海まで今は鬱蒼とした斜面ですが、全てを牧草地にして海を眺める広大な空間を創り出そうとしています。羊の牧場という空間の持つチカラでできる事業と、羊そのものの命をいただく事業。この地は様々なイノベーター達が交流してお互いを支え合っているように見えます。今日はエール大学の関係者の方々がこの事業に可能性を感じて、まずはボランティアをしたいという事で同行したのでした。


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入谷の山


次は志津川にある荒沢神社に向かいました。ここに樹齢800年の杉、「太郎坊」があると太一くんから聞いて、何としても会って撮影させてもらいたいと考えました。400年前に仙台藩が橋を架けるために良材の杉を求めて、この地からも400年の杉を運んだとあり、残った杉を地元の人が「太郎坊」と名付けて守っているものです。もう一本「次郎坊」が残されたのですが昭和33年の台風で倒木。この「太郎坊」も半分は枝が枯れてしまっています。でも僕らよりもケタ違いに長生きしている命。「きっと我々が生きている間は今のまま元気にそびえ立っているのでしょうね。」と、同行してくれた石本めぐみさんのコメントに非常に深く納得。南三陸に来る度に会いたい「太郎坊」です。今回の南三陸の撮影は、この意義深い出会いの場で終了としました。


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太郎坊杉


続いて入谷のひころの里です。「こころの音楽祭」が行われているので様子を見に行きました。ここには入谷の公民館長の阿部さんとご一緒。3月に「いりやど」で開催された自然保護協会のワークショップで面識ができた地元の阿部博之さんが、「普段なら接する事のない人たちだけど、自然のものを上手に使ってイベント会場を作り上げるセンスが良く、こちらにも学びがある。」と、意外にも褒めているのを見て、寛容な心に清々しい気持ちで会場を後にできました。食べそびれたお昼ご飯を南三陸さんさん商店街で食べ一路石巻に。国道398号で海沿いを走り神割崎を通り、北上川の河口に至りました。雄大な北上川沿いの風景に心を現れながら石巻市内に入って、カフェで休憩をして登米に向かいましたが、河北周辺で広がる広大な水田風景がトワイライトタイムを迎え、この風景から心に沁み入る情緒と日本を支える産業のたくましさを感じました。


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出会い頭のカフェも森


くりこま高原駅には20時前に到着。5日間に渡る南三陸の山と林業の第一弾撮影はとても豊かで実り多きものとなりました。次回は、緑がむせ返すような山を期待して8月に撮影を予定しています。その後、紅葉、雪景色など、四季折々の表情と、林業を撮影したいと考えています。

このブログにはセレクトから漏れた作品を掲載しましたが、撮影した作品の用途をご一緒に考えていただけると嬉しいですので、ぜひお声がけください。


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2014年05月02日

今日の僕のESD

今日の僕がESDをどのように理解しているかを書きます。

まずは、ESDとは、持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)というものです。これを説明するとなると、どうしても理屈っぽくなったり、とっても困るのです。そこで僕なりの理解のみ記載します。

昨日から今日の午後まで、代々木公園にある国立オリンピック記念青少年総合センターにこもっていました。これは、今秋に開催されるESDユネスコ世界会議に向けて、コアメンバーによる政策提言検討会合です。これまでの10年、全国各地でESDに取り組んできた方々の想いを世界会議に届ける仕組み作りのために、諸先輩方に混じって意見を言わせていただきました。


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代々木のランチタイムの眺め


「SD(持続可能な開発)の取り組みは多いが、E(教育、普及)の取組みが少ない。」諸先輩方の、このわけのわからないやり取りが続くのを、「申し訳ないですが全く理解できません。」と話の腰を折りまくって、具体的な企業、団体、学校、NGO/NPOなどを例に挙げて説明をしてもらったら、スコーンと地平が開けたように理解が出来て、ESDの問題の本質がスーッと見えてきました。

「SD(持続可能な開発)」は、いろんな組織でより良い暮らしのためにいろんな製品を開発したり、より良い暮らしの場、都市や家などを作ったり。「E(教育、普及)」は、そのまま、より良い暮らしとは何だろうと学び合うことだと分けると、ぞれぞれの活動は何となく見えてくるように思うのですが、これが「ESD」とくっついた途端に何だかわからなくなってしまいます。そこで今回は、「E×SD」、それも「E」×「セクター」や「社会テーマ」と分けて考えると少し腑に落ちてくるものがありました。

まだ漠然としていますが、例えば企業視点で「E」×「SD」の成果とは、「CSR」「CSV」であり、グローバルコンパクトで考える「ポスト2015」、そして「東京2020」に向けた仕掛けもESDとも言えます。

今日の僕の理解で何とか言葉にすると企業における「ESD」の成果とは、「企業人の立場で、社会的責任を業務でカタチにして、単年度収支の中で成果を挙げること。」ということで、何も目新しい目指す姿ではありません。

そう思うと、様々なセクターで「ESD」という言葉を理解する事が目的ではなくて、取り組む社会テーマを明確にする事がまずは重要で、それを、社会的な様々な立場で行動するようになるプロセスが「ESD」。その人が「目覚めたプロセス」が「ESD」だと思います。よって、さまざまなセクターや個人によってスイッチが入る仕掛け方は、基本形があるにしても、あまりに多様で多彩だと思います。


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代々木の朝、目覚めたベッドからの眺め


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代々木の朝食の眺め


僕がCEPAジャパンの理事の皆さんと一緒に背負っているCEPA(Communication, education and public awareness「コミュニケーション、教育、普及啓発」)では、ツールキットの中にこういう数字があります。誰がどんな調査をして得た数字かは判りませんが、学習の定着度は、講義をすると5%、読書をすると10%、映像を使うと20%、実例を見ると30%、グループディスカッションを行うと50%、自分でやってみると75%、他人に教えると90%定着すると言われています。

それと基本的なプロセスとして、自分が「話した」ことを、「聞かれた?」「理解された?」「賛同を得た?」「行動された?」「行動は繰り返された?」、、、様々な情報が溢れる社会の中で、関心のない事を理解してもらうには、これを確認する必要があります。

CEPAジャパンは、これらを踏まえて「もっと身近に、生物多様性。」というスローガンを掲げて、「都市生活者を考える生活者に」という事を頭に置いて、日常の暮らしの中で「生物多様性」という「概念」が理解されて行動されている状態を目指しています。これもきっと「ESD」。

なぜなら、「生物多様性」は暮らしの基盤そのもので、人間も含んだ命の繋がり合いのバランスを指している「概念」だからです。

立教大学の阿部治教授から口酸っぱく言われている、「自然資源の利用者であり管理者であるという自覚を促し、主体者として日常で行動してもらうように理解してもらうことがCEPAでもありESDでもある」。

そのための方法論は何でも良いのだと思うのです。「学校教育」だけに押し付けるものではありませんし、「社会教育」や「家庭教育」だけでできる事でもありません。しかし、それぞれの教育の中で育まれるものですし、遊びや仕事からも理解されるものも多い。僕の場合は仕事からスイッチが入ったとも言えます。それは「給料」「やりがい」というインセンティブがあるからかも知れませんが、「目覚めた」ことでもあるように思います。

つまり、子どもの頃の「自然体験」や阪神淡路大震災の「被災体験」が「気づき」のベースにあり、その上に「会社業務」や「写真家活動」など、自己表現の主体的な行動の中で「生かされているがゆえの自己責任」というコップに水を満たして、「自己の社会責任」を理解していったように思います。もちろん僕は理解し行動できているわけではありません。「目覚めた」だけです。

自然環境は人間が手を出さなくても変化し続けるし、社会環境も自分の都合には関係なく変化し続けます。自然の変化の予期はとても難しいですが、社会変化は多少予測もできるように思います。ですからきっと「ESD」とは、地球上でバランスよく生きて行くために、「生」ある限り習得し続けるものであると認識します。しかし、学び続けながら、「伝承」をしなければなりません。「自分が得てきたことを次世代に伝える」こともまた、「自己の社会責任」であり、この「伝える」責任も「ESD」だと思います。

以上は、あくまでも僕の理解ですが、どうやら「ESD」はこのような理解を習得したり伝えたりする「プロセス」を指しているように思うのです。本音を言えば、これは人それぞれであり、人から教えられる事でもなく、自らが社会的な成長する中で習得するものだとも思えますが、学ぶ機会を提供する事は重要ですので、そのための装置を作ることが「ESD」に関わる人たちの仕事のように思います。

これが僕の今日のESD理解です。若輩者が好き勝手な事を書いています。ご意見をいただけると幸いです。


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「ESD地球市民会議」合宿の様子


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コアメンバーの顔ぶれ

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2014年04月20日

南三陸・波伝谷の獅子舞

今日は早めに起床。7時半に「いりやど」を出発して波伝谷の春祈祷である獅子舞を見に行きました。この行事があることを教えてくれたウィメンズアイの石本めぐみさんと一緒。南三陸の山桜があちこちで微笑みかける春の一日となりました。

お互いの非営利活動の今後を語り合いながらの道中。非営利組織という手段による自己実現でもあり、テーマこそ違えどもお互い同じ志であることを確認。風景は穏やかな休日のたたずまいなのですが、とても刺激的で学び多い対話を重ねることができ、たくさんの勇気をもらえた日となりました。

さて獅子舞。戸倉神社に向かうと、ウィメンズアイの栗林美知子さんと河崎清美さんとも合流。河崎さんは「FURTUNE宮城」の取材のため、日の出に始まると言われていた神事に備えていたのに空振り。おかげさまで神事が9時から始まるという確かな情報を知り得ました。ありがとうございます。そしておつかれさまです。


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予定通り9時頃に衣装を身にまとった人たちが集まり始め神事が始まり、階段を降りて神社の前で最初の獅子舞。そして集落に向かって移動し始めたら、突然何もない所に止まり、お札を竹に挟んで道路端に立てて神主さんが祝詞を上げてここでも獅子舞。きっとこの辺りが集落の東の境界線なのかな。


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波伝谷の皆さんは、津波被害にあって何カ所かの仮設住宅に別れて暮らしていらっしゃるので、獅子舞はすべてをまわるようです。最初の仮設住宅に着き、駐車場で何度か舞ってから、獅子は建物に入って豆腐を加えて出てきて、これを噛んで吐き出しお酒で口を清め、その後も何度も舞っていました。最初の仮設住宅の獅子舞で見学は切り上げる事としました。女性たちが仕込んで振る舞うお団子とかのお料理が美味しかった。


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ここからは南三陸巡りをしてみました。

まず訪ねられたのは波伝谷の「慶明丸」さん。三浦さき子さんに先日の「しずがわ源流ウォーク」の時にお弁当を作っていただいた御礼ができました。次回は食事に伺いたいと思います。


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続いて「珈琲神社」という海を見下ろすカフェに行ったのですが残念ながらクローズド。

そしてお昼が近づいたので、入谷にある「そばcafe風庵」に。山と海の両方を楽しめる地形である南三陸に東京から7年前に移住されたそうで、石臼で丁寧にひいたそばもデザートのケーキも自家製。馬小屋だった建物をいろりのあるお店に改装。何だかとんでもなく影響を受けそうなライフスタイルです。

お店の中には、山内明美さんの力作の森里海連環の南三陸マップが貼ってあったので関係している事をお話したら、源流ウォークで山頂で振る舞ってもらったコーヒーとデザートは、こちらでご協力をいただいていた事を知り、全くもって迂闊な自分を反省。丁寧に御礼を言ってゆっくりとくつろがせていただきました。


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それからすぐ近くの「ひころの里」にも行って、この周辺の養蚕の歴史もかじってみました。


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その後、歌津方面にも足を伸ばしてみたら、橋のたもとに通称スパイダーさんの特徴ある車が停めてあるので声をかけてみたら、白魚の仕掛けを作っているところ。一緒に来ていた子ども達は長靴の中までビショビショに濡らして遊んでいましたが、日が傾き始め、風は冷たく気温は10度を切っているので、とっても寒そうですがお構いなしな感じ。自然児です。

5月から、微力ながら国際森林認証FSCジャパンのコミュニケーションアドバイザーの立場と写真家の立場で、南三陸の方々と動いていく予定ですので、今日の行動は僕にとって安心材料となりました。お話をしてくださった皆さんに感謝です。


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2014年04月19日

「子ども小泉学」年間講座が始まった!

今日は午後から気仙沼の小泉海岸。

3月に来た時よりもさらに工事は進んでいて、海岸の湿地帯もかなり埋立てが進んでいました。


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さて、これから一年間を通して続けられる「子ども小泉学」というESDの取組みがいよいよ始まりました。自然豊かな小泉地区を子どもの目を通して、大人も理解を深めようという試みになりそうです。

今日はその第一弾で、東北大学の占部教授、鈴木准教授、学生さん達による干潟のいきものしらべです。晴天に恵まれましたが、気温が低く、風も冷たく、早めに屋内作業に切り替えましたが、子どもの好奇心の固まりの目チカラはとっても魅力的でシャッターチャンスの連続でした。


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結果から言うと、見つけたいきものは20種以上、そのうち何と宮城県の絶滅危惧種が含まれていました。津谷川河口で発見されたオオノガイです。鈴木先生曰く、津波によるかく乱で戻ってきた可能性が高いとのこと。変化し続ける中で、命を支え合う現象が、このようなカタチで表れる自然界のレジリエンスを、この地域で育まれる子ども達と発見できるというステキな日となりました。


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終了後の夕方のミーティングで、今後の企画内容を議論しました。

同行された保護者の方々の感想の中で、「孫たちが楽しそうにしている様子を見て、こういう自然を残していかねばならない事に気づきました。」というものがありました。この「子ども小泉学」のもっとも大切にしなければならない視点だと感じます。子ども達の姿から得たメッセージを大人達が言葉に置き換えて行動する。

この連続講座のプロセスと成果を判り易くして、企業にも応援してもらえたらと思います。

1、様々な自然や歴史、文化を学んだ子ども達からメッセージを発信する。例えば、岡山・名古屋で11月に開催される「ESDに関するユネスコ世界会議」、3月に仙台で開催される「国連防災世界会議」での仕掛けを、裏方メンバー達と考えていきます。

2、生息域ごとに「小泉いきもの図鑑」を作成する。これは地域別のローカルいきもの図鑑がないために学校の先生方も目の前にいる生き物を特定できない場合があり、せっかくの子どもの好奇心に水をさしてしまう可能性があるためで、できれば来年度の地域の学校の総合学習の教材にできたら良いのになと思うのです。

次回は、5月18日(日)で、「鎮守の森のひみつを調べてみよう!(春の植物・昆虫編)」です。東北大学の先生方や自然観察指導員の方にご指導いただく予定です。

今後、ほぼ毎月1回実施し、12月頃から「本吉町子ども未来会議」として取りまとめていく予定です。

ご褒美の夜ご飯は南三陸町歌津にある「竜巳や」でお寿司を食べました。とっても新鮮で美味。心もお腹も満足して入谷にある定宿「いりやど」に向かいましたが、暗い夜道、工事のために迂回が多いなと感じていたら、突然目の前にたくさんの提灯に浮かぶ夜桜に遭遇。東山公園でした。

思わずクルマから降りて鳥居があるところまで上がりました。風もなく思ったほど寒くなく、しばらく夜桜を一人で独占させていただきました。幻のような時間と場所でした。

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2014年04月06日

「コバさんがつなぐフォーラム」に参加。

今日は、国立オリンピック記念青少年総合センターで開催された「コバさんがつなぐフォーラム」に参加。

昨年の3月に急逝したインタープリテーションの第一人者、小林毅さんにつながる人が100人ほど全国各地から集まりました。僕は清里で開催されている「つなぐ人フォーラム」実行委員としてのつながりです。

いつも自分がやりたい事がモヤモヤっとしているのですが、この場に集まった方々と話をするうちに、心がザワザワする気づきがありました。自分の置かれている状況をもっと活用しなければダメ。僕が思っている以上に、もしかしたら僕は面白いポジションにいるのではないかと感じました。コバさんとコバさんにつながる人に感謝です。

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去年、上野原のお通夜の会場で、キープ協会の増田さんに「コバさんから聴いてもらっていますよね?」と声をかけられたのが「インタープリテーション・トレーニング」という本の執筆者としての依頼。コバさんが「僕から川廷さんには声をかけておくから」と言われていたそうですが、残念ながらまだ聞いていなかったのでした。それを壁ひとつ隣に棺に入ったコバさんが聞き耳を立てている状態で、まるで遺言のように感じて思わず涙。当然ながら喜んでお引き受けして、先月末に「生物多様性とインタープリテーション」を書き上げました。

この本のエピソードも初めて聴きましたが、2005年頃から話があったそうです。それを打合せを繰り返しながらイメージを温めていたそうですが、コバさんが居なくなってしまって、これをお蔵入りにするわけにはいかないと実現に向けて踏ん張ったそうです。たくさんの方との共著本になるのですが、とっても楽しみです。

会場の脇には、コバさんがカタチにした印刷物がたくさん並んでいました。その中で静岡県の環境教育リーフレットの表に目が止まりました。いつも基本中の基本だと思っていたことですが、この表ほど大切なものはないと思います。年齢に応じて身につけるチカラをまとめたものです。いまだからこそ、この表に基づいた教育プログラムを関わる全ての人に踏まえてもらいたいのです。


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年齢に応じたチカラを身につけていく事が大切!

コバさんは、自然体験に基づく環境教育というか人間教育を「教育」という上から目線ではなく、学ぶ人も教える人も、それぞれが「学び」たくなる「場」をたくさん作りたかったのではと、勝手に想像します。

「一般社団法人日本インタープリテーション協会」の設立趣意書も配布されました。任意団体から法人化を進めて行くことになり、僕も呼びかけ人というかフェローというカタチで参画しています。この動きも楽しみです。

今日は、いろんな人がそんなコバさんの人柄を語り、コバさんの遺志をどのように引き継いで行くのかを、「えんたくん」を囲んで語り合うという、シンプルですが、とっても有意義な時間を過ごしました。「えんたくん」とは清里ミーティングから使われている円形の段ボール紙。これを5、6人で膝の上に乗せてワールドカフェなどをします。距離感がとっても良くて膝に乗せている一体感で、楽しく対話が盛り上がるので僕は好きです。


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さて、僕がホストをしたグループの内容を簡単にまとめると、日本人らしい感性で自然と共生して生きて行く知恵をもった次世代を育てたい、というコバさんの遺志を多くの人と共有して動いていきたい。そのためには「楽しく」「つながって」。でも楽しいだけではビジネスにはできないし、興味のない人に伝えることはできないので、その工夫をしていくこと。きっとそんな想いでモンモンと頑張っている人はたくさん。そんな人とリアルにつながって、共感、共有、実感する場を作る。そんな内容でした。


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撮影:西村仁志さん


これは僕が日々想い考えていることに非常に近いというかそのもの。僕はCEPAジャパンという組織をもっともっと有機的に活用して、もっともっといろんなテーマで活動している人たちと想いを共有して、活動の化学反応を興して行くべきなんだと感じました。

今日、多くの人と共にコバさんに教えてもらったような気がします。


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2014年03月25日

「山主と歩く島から森のしづがわ源流ウォーク」で共に夢を語る

昨夜から南三陸です。入谷の「いりやど」に投宿。今日の企画についての打合せは充実の交流会状態でした。

東北大学のグリーン復興プロジェクト会議から派生させ、復興庁の事業として実施している「東北グリーン復興事業者パートナーシップ」の3つのプロジェクトを動かしています。

1、「未来洞察ワークショップ」12月東北大学で開催
2、「浦戸フェア」2月に都内で開催
  「島のおすそわけエコウォーク」2月に浦戸諸島で開催
3、「山主と歩く 島から森のしづがわ源流ウォーク」今日、南三陸で開催。

東北の各地がもつ本来の自然資源を考えた、6次産業、観光産業、教育産業による地域おこし。地域の方々の夢を事業者が関わる事で具体的にカタチにしていくアクションです。

今日の企画は、TEDxTohokuでスピーカー仲間となった山内明美さんとのご縁で実現しました。スタッフとして関わってくださったのはガイド:佐藤太一さん、阿部正さん、鈴木卓也さん、阿部代子さん、工藤真弓さん、そして山内明美さん。

今日のガイドマップは、地元で建築デザインを生業にする阿部正さんの手による親切な手書きマップ。

そして今回の企画を機に、なんと南三陸町の全戸に配布される地域資源マップ!これは、南三陸のスタッフが総力を挙げて作り上げた渾身の作。内容は、このエコウォークのコンセプトに添って、南三陸の分水嶺、流域、食物連鎖、さらに過去の津波地名や、聞き書きの記録、地域に伝承される民話なども掲載されています。

南三陸の森里海と名付けられたこの地図は、南三陸に降ったすべての雨が志津川湾に流れ込むという地形が一望できるように描かれ、流域圏の食物連鎖の頂点でもあり、町の鳥でもある「いぬわし」をシンボルにしています。地図フェチでなくとも欲しい永久保存版的なアイテムになっています。

さらにバックヤードが充実していて、お昼のお弁当は気仙大工による弁当箱に、南三陸の女性達のご協力で南三陸の食材だけで作られた最高のメニューが用意されています。

南三陸づくしのコンテンツ。これは南三陸の人たちによる郷土愛がギッシリ詰まった、エコウォークのモデルパッケージだと思います。こんな観光事業を地域の人と一緒に作り上げていく事業者の登場を期待する企画でもあります。

今日の参加者は25名。スタッフを入れると30名を越えました。基本的には、南三陸町民、町内在住、勤務の方を対象にしています。まずは地域の人たちと地域の魅力の確認、郷土愛の共有です。

まずは南三陸ポータルセンターに集合して荒島(あれしま)に向かいます。ここは林業家「佐久」の私有地です。津波で赤い鳥居と階段の下部が流されましたが、階段は補修され島に入る事ができます。昭和5年に東北の海岸十景の第一に志津川湾がなり、地域が盛り上がったようでいろいろ手が入って災害対策や養殖対策で堤防もでき、荒島に渡れるようになったようです。でも実はその数年前にこの島は佐久の所有地となっていたようです。

さて今日のガイドですが、その佐久12代目の佐藤太一さん。20代最後の歳。林業で地域おこしを頑張りたいという情熱に火がついている若き林業家。それと南三陸ネイチャーセンター友の会会長の鈴木卓也さん。とてもクールな雰囲気ですが、自然の音と共鳴するように地域の魅力を語る人。


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若き林業家「佐久」の佐藤太一さん


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南三陸ネイチャーセンター友の会会長の鈴木卓也さん


荒島は古くから漁業者の信仰を集めていましたが、チリ地震津波のあと、被災地にあった石碑などを合祀して荒島神社が標高約50mの山頂に建てられています。その横には大きなタブノキのご神木。島全体もタブノキ原生林によって豊かな栄養を供給する魚付き林となっています。


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荒島神社とご神木


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青い志津川湾を望む


さてお昼ご飯は、上山八幡宮の社務所。ここは旧本吉町の村社、元は町を挟んで向かい側にある保呂羽山にあったと言われ、その後、慶長大地震のあと町割され、約400年に渡って南三陸町役場の位置にあったものを、チリ地震津波のあと現在の地に移転されました。お弁当箱の中身は、アワビ、牡蠣、鮭、、、まさに南三陸づくしです。


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上山八幡宮


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地域資源マップの説明をする山内明美さん


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南三陸づくし!


お腹が満たされたところで、祢宜であり歌人でもある工藤真弓さんから、志津川地区まちづくり協議会の公園部会の活動についてお話いただきました。町の中に作る公園、防潮堤建設、将来に残る町の憩いの場所づくり、、、いろんな経緯を経て現在では、防潮堤はセットバックされ、渚を残し、公園に地域づくりに活かす植林をする計画になっているという報告でした。地域の人の想いが町づくり計画の絵になっている。郷土愛に支えられた強い想いが何よりも美しく強いということを魅せてくださいました。他の地域の皆さんとも共有したいとの気持ちがこみ上げ、思わず身を乗り出して拍手してしまいました。


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工藤真弓さんの素晴らしい報告


午後は正鵠渓流を遡上して、人工林の梨の木山へ上がり間伐体験とおやつの時間を過ごします。この山もいぶし銀の林業家によって守られようとしていました。若き林業家といぶし銀の林業家。とても魅力的で可能性を感じます。被災後のこの地から、持続可能な林業経営が行われ、林産業、エネルギー、レクレーション、いずれも森林の多面的機能の発揮で、地場産業の可能性を最大限に引き出し、この地域の産業再生、産業振興になるよう、僕にできることでサポートしたいと強い想いを持ちました。おやつは山頂で遠く水平線を眺め、源流から流域、そして海へと想いを馳せつつ、南三陸づくしの焼き菓子をいただき記念撮影。


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間伐体験


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自然に溶け込むおやつタイム


トライアルで実施したエコウォーク。南三陸以外からの参加者から、「地域の人が具体的にこのようなカタチで行動をしてくれたら応援しやすい。涙が出るほど素敵な取組み。」と言ってくださっていました。実施した者の端くれとして、本当に嬉しい言葉です。

解散後「いりやど」でアンケートを見ながら少し反省会。今回初めてこのようなガイドを務めた佐藤太一さん。いろんな手応えを感じていました。スタッフの皆さんも準備段階から楽しめたし、今日は朝から本当に楽しかったと。主催側が楽しめる企画で失敗するはずがないですね。今日の参加者の皆さん、主催者の皆さん、バックヤードで人知れず汗をかいてくださった皆さん、そして南三陸の自然と、今日のお天気に感謝です。

今回、深く実感したのは、この地に暮らす人が具体的に未来に向かって動き出す。その動きが秘める様々な可能性をカタチにするために、ヨソ者が持つスキルとネットワークを絞り出し一緒に動く。こうして書くと極めて当たり前で平凡なことのように見えますね。でも、僕もようやく自分が培ってきた多様なスキルやネットワークを、今まで以上にカユい所に手が届くようなことができるような気がします。いくら足を運んでも、ありがとうと言ってもらえても、どこか空虚な、役に立っていないのではないかという歯がゆい想いから、ようやく解放されるのではないかという期待。その地に暮らす人が本気でやりたいと考え動こうとしていること。それが産業であれ、ボランティア活動であれ、少しおせっかいではないかなと思う程度で寄り添って、僕にできることを考えて行動したいと思います。

自分も一緒に夢を見る機会を与えてくれた人々に感謝。これから一緒に歩めたらと思います。


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荒島の長老格


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2014年03月23日

素敵な南三陸じかん

3連休の最後の最後、締切が迫る原稿書き、規定の文字数に達したもののまとまりが悪く、煮詰まってきてしまったので、気分転換に電車に乗ってパソコンを打ち始めると、少し整理ができてきました。気分転換、場所を変えるのは大事ですね。

さて目的は、先日、石本めぐみさんから誘ってもらっていた、谷中で開催されている「南三陸じかん」です。谷中の町がこんなにワンダーランドとは知らず、これはもっと時間に余裕を持って来たいなと思いつつ、店じまいギリギリに到着しました。会場はアトリエ「茶の間」。なんと素敵な場所なのでしょう。部屋の中に招いてもらったので、思わず座り込んでしまってお茶までいただきました。まさに「茶の間」です。

そして、石本さんと話し始めたら何だか話が尽きず、継続的に心境の変化を共有しながら話したいと思いました。このような言い方が良いのか判りませんが、誤解を恐れずに言うと、Women's Eyeの活動は、被災地の女性たちの日々の心の隙間を埋める、もっとも必要ですが誰もが出来る事ではない、とても大切な活動に僕には見えます。

被災地とはもう言いたくありませんが、そこに暮らす個人の置かれた状況の違い、被災のレベルの違い、復興の歩みの違い、いろんな隙間があるから活動も多彩でなければならず、誰も置いてきぼりにできなくて、それを継続することはとっても大変なことだと実感します。とても男の僕にはできないきめ細やかな心遣い。女性ならではの女性のための活動。聞けば聞くほど気後れしそうです。それをいろんな女性達が、きっと自分たちにも無理のないペースで活動しているのではないかと感じます。よく言われる言葉ですが持続可能な活動。彼女たちの活動の前では、あまりにも陳腐な言葉に聞こえます。

それに比して、いろんなところから声をかけてもらって足を運ぶ僕は、果たして役に立っているのだろうかと自問自答をしています。でも彼女たちの活動を見て、コツコツと出来る事を続けるしかないんだと思っています。

なんて重い気持ちになりかかっていたら、頭にワカメを被って写真を撮るお約束だそうで、再び石本さんとツーショット、、それと最後の商品を買って完売に協力。Women's Eyeの賛助会員にもなりました。まずはここからですね。


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アトリエ茶の間


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わかめをかぶって、、、

posted by 川廷昌弘 at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする