阪神淡路大震災を契機としたかの如く、それ以降、大規模で甚大な被害をもたらす天災に見舞われてきた。災害大国日本はまさに激動期なのではないだろうか。
間もなく10年を迎える2011年の東日本大震災、2015年の御嶽山の噴火、2016年の熊本地震、2018年には西日本豪雨と北海道胆振東部地震、2019の台風19号など。そして2020年のコロナウイルス感染症である。
コロナがトドメのように受け止めいているが、しかし緊急事態宣言を過ごしている中でさらに危惧されているのが、東南海地震や首都直下型地震だ。東南海は今後30年で70〜80%の確率で発生すると言われ、富士山だって噴火スタンバイ状態と言われている。
地震、噴火、津波、氾濫、そしてウイルス。いずれも生死は紙一重。
阪神淡路大震災でタンスの下敷きになったことは、僕にとってはショッキングな記憶となっているが、同じように何かの下敷きになって亡くなった方は、死亡者の7割以上とも言われている。毎年の報道を見るたびに「生かされた」という想いが強くなる一方、備えることに対して緩んでしまっているのも事実だ。
備えあれば憂いなし。今年の117ほど多様な災害に対して、この26年間の学びを振り返り、コロナ禍の中で起こるかもしれない次の天災に備ねばと想う次第です。
今年の正月は帰省を控えたので芦屋の最新の風景写真がないため、2019年の4月に撮影した芦屋の桜です。
こちらは、震災10年後に出版した「一年後の桜」の作品群へのリンクです。