2018年05月02日

東北の海岸林7 さまざまな風の音

2013年から断続的に続けているGWに車中泊で巡る東北の海岸林。北は下北半島から南は北茨城まで撮影ポイントもつながり、今回で7回目になる。

4月28日、初日。常磐線の泉で下車しレンタカーに乗り換え。

今回は、いわき、富岡、双葉、山元、亘理、東松島など、撮影済みのエリアだが密度を上げたいと考えている。しかし、どこが午前でどこが午後で夕暮れをどこで過ごすかなど的を絞れないままスタート。時間に追われない自由が良い。

北上しているうちに帰還困難地域に入って行ったので、昼間のイメージは福島第一原発に最も近い双葉海水浴場。昨年までは立ち枯れた松の墓所のような風景だったが、すっかり伐採されて一面に松が植樹されていた。少し内陸で原っぱの中に一本だけ立ち枯れた松。前回は気にならなかったが浮かび上がった。いずれなくなる風景ではないかと思う。

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帰還困難地域を国道6号線が抜けていく。人の気配が消えた風景が続く。

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目指していた富岡駅に到着。常磐線が復興しているとは知らず撮影のイメージが持てないまま過ごす。それにしても鉄路の復旧ほど心強く感じるものはない。人の交流、通学の生徒達。そして旅の空。明日に備えて南下し四ツ倉周辺で日没となり月夜の松陰を撮影して終了。1日晴天、気温も20度を超える。車中泊。

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4月29日、2日目。

今日は北茨城在住の画家である毛利元郎さんの自宅を訪ねる約束。昨日、品川で特急ひたちに乗ろうとした時、突然肩をたたく人があり振り返ると毛利さん。ちょうど同じホームに到着した常磐線に乗っていたようで驚くばかりの偶然。動き始めた車内で毛利さんからFacebookのリクエストが着信。しばしのやりとりで今日の訪問が決まった。兼ねてからこのGWの撮影で訪ねたいが連絡手段がないなあと思っていただけに驚いた。十年ほど前に出会った同い年の表現者。相性とはこういうことを言うのかもしれない。

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5時起床、6時頃から舞子浜、豊間、須賀と再び撮影。記憶にある場所、行き着いて思い出す場所。何度もプリントを眺めているので、次はどう撮りたいかというイメージが浮かぶのが早く、短時間で深堀りでき収穫は大きい。充分に撮影して9時半に毛利さん宅。スマホの地図アプリでドンピシャ到着。奥様と3人で尽きぬ会話。毛利さんの絵は奥様の額装で完成する。素敵なハーモニー。

毛利さんのこれまでの歩みや背景を知り、ますます画家としての毛利さんに興味を持った。ものづくりがとことん好きで、とめどなく深く強いエネルギーを持ちながら、極めてストレートでシンプルな表現。しかし自身の背景とその場所の流れゆく時間を塗り込んでいく画風。そんな毛利さんだからだと思うが、僕の写真に時間軸を見出して魅力を感じていると言ってくれる。非常に励まされつつ、お二人の手料理によるイタリア仕込みのランチをいただき、アトリエでお二人の写真を撮る。

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毛利さんの自宅は、裏山がありお堂があり梅林があり、昔は寺子屋をやっていた建物があり、400年前にこの地にご先祖さまが住み始めたという。裏山から水が出る田畑を守るには最適の土地だったようだが、画家にとっては湿気が多く管理が大変な土地とのこと。独特のペースをお持ちだと思っていたが、この土地のペースなんだと理解。鉄道によって地域が繋がってしまって都心に人を集めてしまったが、地域が豊かだったことを実感する時間ともなった。この時代だからこそ、地域の豊かなもに喜びを感じたいと思う。

再会を約束して出発。毛利さんが描く地元の海の小品も好きなので、まっすぐに海に向かい撮影。なるほどこの光と色。すぐに気がついたがここは間違いなく前回訪れた海だった。

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その後、浪江まで常磐道を走り、松川浦までできるだけ海に近いルートを走る。前回走れた小道は閉鎖され、新しい道ができていたりする。立ち枯れた松もほとんどが消えていた。僕も見ることはできなかったが井田川地区に夫婦松の写真パネルが立ててあった。海岸林の松はやはり地域の人に愛されている。

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以前はなかった巨大な風力発電の風車が海沿いに並び、海の照り返しかと思ったら一面ソーラーパネルの海となっていた沿岸平野部。地域経済につながっていることを願う。この地域にとって今は前進しかないのだ。1日晴天、気温は25度前後。車中泊

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4月30日、3日目。

5時起床、5時半ぐらいから移動。はるか海上を車が走るのを見つけて思わず向かう。早朝で車は少なく、太平洋と松川浦に挟まれた道路の見晴らしは抜群。この大洲松川ラインが今月21日に開通したばかりと後で知った。ここは当然ながら未撮影地のため、砂浜に降りたり、灯台の高台に上がったり。朝日に照らされる被写体の背景に抜ける青空。ミサゴに見下ろされながら立ち枯れた松を撮影。気がづいたらその木が住処だった。粘りに粘って気が付いたら3時間ほど滞在。

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整備された相馬港にある伝承鎮魂祈念館。前回に訪ねた時は津波の爪痕のままだったが、その時にあった印象深い松も伐採されていた。できるだけ海沿いの道を選ぶがまだ工事が多く全通していない。福島県内では砂浜と道路が接してる素敵なロケーションがあったが、宮城県に入ったら大きな防潮堤がしっかり出来上がっている。両県の工事の歩調が合っていないようで県境の道がつながっていない。

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福島県の海と一体となった復興のあり方に非常に好感が持てた。宮城県はかさ上げ市道の玉浦希望ラインや岩沼海岸道路など開通し快適なコースが出来つつある。さすがにナビのアプリがついていっていない。午後から薄曇りで夕方は曇り。気温は25度近く。車中泊。

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5月1日、4日目。

4時半起床。避難の丘から日が昇る。各所にこの丘ができている。普段は眺望が楽しめ周辺の地形が見て取れる。今日は5時には動き出す。思い切って東松島に向けて常磐道を走った。

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「青い鯉のぼり」をどうしても撮影したかった。男性が幼い弟が好きだった青いこいのぼりで鎮魂だけでなく多くの人を励ますメッセージを発信していると記憶している。僕にも仕事で世界を駆け回っている自慢の弟がいるので、兄弟愛に心を打たれる。

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東松島、野蒜海岸、この辺りも撮影しているが、今日も深堀に十分な手応え。宮戸島は初めて足を伸ばした。砂浜と小さな港がある静かな場所。果てしなく広い海岸に大きな波が寄せるかと思えば、こんな静かで小さな入り江がある宮城県。魅力を感じる。

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野蒜の漁港跡周辺の植林地を撮影していた時。しゃがみ込んで集中してシャッターを切った後、スッと立ち上がるとひどい立ちくらみ。いつものことだと思って目を閉じたが、なんだか立ってられない不安定さを感じたと同時に普通に立っているのにふわっと両足を同時に滑らせるように後頭部を地面にぶつけた。思い切り後ろに倒れたのだと気づいた。立ちながら一瞬気を失ったのだ。ぶつけた頭は思ったほど痛みはなく肩が痺れるような感覚はあったが回復した。普段は誰もいない場所。このまま気を失うか脳シントウでも起こしたらどうなっただろう。50代中盤。撮影をしながらコロッと、というのは本人は幸せなことかもしれないが周りには迷惑千万だろう。僕が何者で何を目的にここにいたのかがわかるようなネームタグをつけなばならないのではと考えた。

三陸道に乗り、一気に岩沼まで南下。何度も通って少し見慣れた風景になってきたが、亘理で見過ごしていた存在感のある松を見つける。工事によって風景に変化があり、消えてしまった松もあるが、残って存在感が増す松もある。

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中浜小学校の隣に1000枚を超える「黄色のハンカチ」が風になびく。90名の生徒や職員、地元の人が避難して助かった校舎。印象深い風景。松のある風景ではないが「青い鯉のぼり」も「黄色いハンカチ」も松韻と同じように優しい風の音が聴こえてくる風景だと感じて撮った。

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再び6号から常磐道で富岡町まで南下。今日は、どのように撮りたいのか少しイメージができている。必ずしも海岸線ではないが内陸でも松韻の聴こえる僕にとって懐かしい被写体。学校、踏切。松を絡めて風景を追い込む。風が気持ちいい。ここで撮影を終了。常磐道をいわき湯本まで南下し泉駅に予定通り18時半に到着。1日晴天、気温は25度を超える。

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4日間でハッセルブラッドにブローニーフィルム12枚撮りを15本で180カット。ハッセルと同じアングルで確認用にCANONコンデジでモノクロを180枚。CANON一眼レフで856枚は少し工夫して。スマホでちょこちょこ。

Tシャツとトレーナーがあれば夜も過ごせた。ダウンやウィンドブレーカーは着用せず。

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愛用のフィルムが製造販売中止

今年10月にフジフイルムがモノクロフィルムの販売を終了してしまう。フィルムを丁寧に装填し1枚1枚精神を研ぎしまして撮影するハッセルブラッド。僕の写真の流儀。

親父からの生前相続した1970年製造の相棒であるハッセル。そして自宅の暗室で六つ切8x10インチのRC印画紙にテストを焼いてファイルで持ち歩き、展示用に大四つ切11x14インチのバライタ印画紙に焼く作業をこれからもなんとか続けたい。

芦屋の「一年後の桜」「芦屋桜」と湘南の「松韻」。僕の原風景である「桜」と「松」のある風景。大切なテーマだから、モノクロフィルムをハッセルブラッドに装填して撮り続けている。これをどのように継続するのか。自分の生業が問われている。

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僕の写真の流儀

気になる風景の前に立つ。まずハッセルブラッドの目で探す。スクエアのファインダー越しに風景を追い込む。突き詰める。見えてくる。段々と。そして納得に近い情景となってくる。この繰り返し。絵作りというより風景を攻めて追い込み突き詰める感覚。ようやく1枚のシャッターを切る。ハッセル独特のバシャッという音と手応え。大きく深呼吸。心地よい疲労感。デジタルにはないフィルムらしい緊張感が好きだ。松韻が聞こえる風景を撮る。松を撮るのではない。何度も言い聞かせても物を見てしまう。物語を見るのだ。そう思いながら風景を追い込んでいく。そして念じるようにシャッターを切る。
posted by 川廷昌弘 at 18:46| Comment(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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