2015年01月11日

写真家という生き方

2013年に出版されたセバスチャン・サルガドの特大写真集「GENESIS」を久しぶりに開いてみた。

初めてページをめくったときに震えるような感動をしたけど、そのときよりも静かに深く染み入ってくる。サルガドが言いたいことは強烈に視覚が刺激されて脳にビシビシと伝わってくる。これだけのスケールで作品を撮って編集できる写真家は世界で一人しかいない。圧倒的なチカラを感じる。

情緒的に「創世記」と訳していいのか、ストレートなメッセージである「起源」と捉えていいのか、地球に暮らす生命体の起源を表現したものだと受け止めた僕には「起源」と読める。


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サルガドは、ブラジルの農家出身で、大学で経済学の博士をおさめ、独学で写真家となって世界中の飢餓貧困、過酷な労働など、人間社会の歪みそのものを撮影してきた。その結果、本人の精神も病みつつあり写真家活動を休止し帰郷した。

そこで、年老いた両親から受け継いだ農地が世界で起きている社会問題と同じく森林破壊の場となっていることを知り、地球に住まう生命体としての基本に立ち返る精神で思考するようになった。気候変動、生物多様性、循環型、人間社会の言葉に置き換えるまでもない思考で農地を森林に戻し、写真家として再び機材を持って世界を駆け巡った。それが「GENESIS」となった。

これ以上のメッセージがあるだろうか?

これはサルガド自身がTEDで話したことです。16分ほどで人生を語っています。世界中に多くの素晴らしいTED Talkがありますが、僕にはこのTalkが最高峰であり、もっとも影響を受けます。そしてもっとも理想的な解決策の提示だと思います。

写真家という生き方が、単に人より良い機材を持って、人より撮影に関する知識を持って、人より上手に撮影するだけでなく、いきざまそのものからにじみ出る作品が、人の心に突き刺さるメッセージとなること。

「写真は哲学」「写真家はいきざまそのもの」

1991年から2年間通った大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ大阪)の先生たちから叩き込まれた精神、というかその先生たちそのものの生き方から学んだこと。これは、僕が受けたいかなる授業よりも価値のあるものだったことを再確認した。

今年で阪神淡路大震災から20年。死を意識した20秒ほどの激震、そしてタンスの下敷きという被災体験。震災前の1991年から2005年まで撮影した作品を編集して震災10年後に出版した「一年後の桜」。その続編のような形で、生まれ故郷への想いをカタチにした「芦屋桜」という写真集を出版します。

この行為自体がとても正しいことだったと思える今日。東日本大震災から3年と10ヶ月の月命日。写真家として死ぬまで精進したいと想いを新たにした日。そして、日本で広告会社に働き、非営利組織の代表を務め、写真家として生きたいと願う自分ができること、すべきことを見つめ直す時間ともなります。ブログに備忘録として記します。


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写真集「一年後の桜」と校正中の「芦屋桜」

posted by 川廷昌弘 at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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