2012年01月17日

阪神淡路大震災から17年、もう17年、まだ17年。

地下鉄に乗って何気なくみた時計が示した今日の日付「117」。

週末の仙台では、グリーン復興プロジェクトの会議で大いなる刺激を受けて、様々な人をつなぐ作業と思考をしていた頭に「!」が灯り一気にフラッシュバック。自分の身の上に起こった事実を振り返る思考にゆるやかにシフトしました。

震災前の少年時代の面影を残す生まれた町を撮り歩いた自分探し、そこに突然の揺れ。瓦礫となった町。自分には何もできないという無力感。そして静かに佇みそっと勇気を与えてくれた一年後の桜。それでも時間は流れ、町の槌音が聞こえ個人の復興、自治体が動き町の復興、そして起こる様々な人災。災害から10年で出版した写真集「一年後の桜」は、それでも人々は暮らしの基盤を創り上げ新しい装いとなった町で終わっています。

今はその町にひとの息づかいで色づいているように見えます。しかし個人の復興の差異はあり人ぞれぞれの想いで今日を迎えているのだと思います。

ブログにも書きましたが、今年出版された「アフターマス」という本で僕の写真集「一年後の桜」が紹介され、写真評論家の飯沢耕太郎さんから「時の経過と写真家の取り巻く状況の変化が、写真にしっかりと写り込んでいる。」という最高の褒め言葉を添えてもらい、さらに「時を隔てた複数回の撮影によって震災のアフターマスを粘り強くフォローしていこうとする視点、、、そのことは、東日本大震災においても充分に結う光栄をもっている、、、」とも書いていただきました。

そして今、東北大学のグリーン復興プロジェクトで様々な活動をサポートしている自分。生き甲斐を失わないために何としても越えて行きたい想いを抱える自分。すべて同じ自分。

そんな今日、時々あるのですが、会社の尊敬する先輩の中野民夫さんから電話で、「お昼はどう?」。いつものように会社の食堂で向き合って語り合う時間を持ちました。春から同志社大学の教授に就任する中野さんが、いろいろテーマ探しをしているというお話から始まって、いろんなシナリオ、キーワードを重ねるうちに気がついて、中野さんの著作である「自分という自然に出会う」に全ての答えがありますねと僕は返しました。

これからの民主主義、サステナビリティ、環境問題を越えて、地球市民として生きる視点。忙しくとも笑顔を絶やさず、いつもワクワクを胸に抱いて走り続ける。

多くの肩書きを持ってソーシャルビジネスを思考し様々な「つなぐ」効果を生み出していくには、中野さんが語り続けて来た「自分という自然」という概念こそが全ての答えだと改めて思い、そんな語り合いを会社の食堂で交わすという贅沢な時間。

声をかけてくださった中野民夫さんに感謝。


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写真集「一年後の桜」蒼穹舎


posted by 川廷昌弘 at 16:06| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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