写真集にまとめた「一年後の桜」や「芦屋桜」はハッセルにモノクロフィルムを入れて撮影に没頭してきたけど、愛用のフィルムが製造販売中止となり、これからの作品づくりをどうするかを思案している最中だったので、気楽に撮っていろいろ試してみようと考え、デジタル一眼でカラースクエアで撮ることにした。スクエアの画角はウエストレベルのビューファインダーで覗くことになれていて、モニターで見るのは慣れず最後までしっくりこなかったけど、こんな表現もありかなと感じる2日間だった。
やはり「芦屋桜」で撮った桜が気になり消息を確かめるために撮ったものも多かったけど、桜を撮り歩くことを口実に故郷をくまなく歩き自分を確かめる時間でもあったように思う。桜に誘われるままに歩き回った2日間。
桜は故郷で見るに限ると感じた。桜が忘れてはいけないことを思い出させてくれる気がしたのだ。歩く街並みは今だけど、自分自身は過去に帰っていく感覚。久しぶりに会えた旧友夫妻との人生を語り合う夜。母との墓参りは墓前で語り合う午後。自分のルーツに立ち返り、これからを考える時間を桜が仕立ててくれた。
母と眺めた芦屋霊園の桜は天国の風景だったように感じた。彼岸と違い誰もいない敷地で、先人たちが静かに花見をしているところにおじゃまをしているような空気感だった。
この季節はできるだけ芦屋で過ごしたい。そして次なる芦屋を撮る作品を楽しみながら模索してみたいと思う。
芦屋川の定番風景
震災で被災した桜も今は伸び伸び
実家の前は桜の観光地となっていたので夜桜を楽しんだ
芦屋霊園の桜