2016年11月05日

熊楠を思ふ旅 第2弾

今回も4時30分起きで出発し3日間の写真家活動。今日は風の影響なのか飛行コースが前回とは違う気がして下界を見ていたら、熊楠が昭和天皇にご進講した神島を発見。空港で大竹哲夫さんと合流して、まずは南方熊楠顕彰館に向かう。

大竹さんの手配で、熊楠直筆の文書の撮影である。緊張感抜群、マスクをして丁寧にセッティングと撮影を繰り返す。中学校の原稿用紙に書かれた「大坂毎日新聞編集局御中 紀伊田邊南方熊楠」から始まる「神社合祀反対意見」。牟婁新報の原稿用紙に書かれた「神社合祀反対意見」。そして!柳田国男によって印刷物となった「南方二書」。その原文は松村任三宛に書かれた3mほどになる2通の手紙。所々にスケッチが描かれているが印刷物にはそのまま印刷され、毛筆で細かく書かれた文章はキッチリと活字で印刷されている。どれだけの想いを込めて書き綴ったのかと熊楠に想いを馳せると同時に、原稿を起こし直すのは大変な作業だったのではないかと思われ、柳田国男の熱意に想いを馳せる撮影でもあった。

続いて、熊楠旧居の書斎も許可をいただいて中にも入って撮影していたら、もっと熊楠を感じる写真が撮りたくなって、熊楠が使っていた眼鏡の持ち出し許可をいただき大竹さんに持ってもらって撮影。これでようやく熊楠が書斎にいるような気分を得て納得。

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さてお昼ご飯を急ぎ食べて、熊楠ゆかりの日吉神社。 今日は近隣の人が大勢集まるお祭り。白装束の男達が海から神輿を担ぎ近くの浦安神社に向かって歌を歌い、日吉神社に向かう。こちらでは猿が乗った神輿が待ち構えており、2つの神輿が激しくぶつかり合いながら、白装束の神輿が鳥居を何とかくぐり抜けると勝負あったとなる。黒山の人だかりの見物人がいるのだが、酒に酔った男衆が入り乱れて混戦状態。きっと熊楠の時代もこうだったんだろうなあ。

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さて、祭りの後半まで見ていたら日没が近づいてきたので、急ぎ鳥の巣へ移動して神島の夕景を撮影。やはり熊楠が昭和天皇にご進講したこの島には、何か格別な想いを抱いてしまう。ただ眺めているだけでも満足な時間。今日一日抜けるような青空とキレイに染まる夕空。撮影は単調にならないよう工夫した。

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2日目は山歩き。熊楠が植物や粘菌採集に通った市街地からも近い竜神山。山頂にある龍神宮まで歩き境内や味わい深い山道を撮影。熊楠は、神社合祀でこの山の濫伐がひどくなり河川災害が増えていることを指摘。極めて基本的な流域災害の視点からも、神社合祀が地域の安全を脅かすようなことがあってはならないと強く感じる。今は中腹の斜面にはみかんが鈴なりになって紀州の風景を織りなしている。往復2時間。良い運動。

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さて午後は、中辺路を一気に走り本宮に向かう。渡良瀬温泉から川湯温泉にいまはトンネル数秒で抜けられるが、トンネルがない頃に使われていた生活道を歩き、尾根道にある神社のホコジマさんを訪ねる。ここは日本の聖地ベスト24!山の中の交差点、いわゆる辻が今も残る。そして樹間にこつ然と木製の一の鳥居が現れる。何とも言えない存在感。そしてしばらく歩くとニの鳥居が光に浮かぶ。空気を伝わるこの「気」が写って欲しいと念じてシャッターを切る。ホコジマさんにまつわる話は大竹さんの「み熊野ネット」に詳しい。

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それぞれ往復2時間の山歩き+撮影1時間ほど。良い感じで疲れた体のまま、南方熊楠顕彰館に立ち寄り、学術部長の田村義也さんと初めてお会いし、主任の西尾浩樹さんと4人で打合せ。来年の「南方熊楠生誕150周年記念事業」をきっかけに、熊楠のメッセージを現代に伝えたい取組みについて説明して、語り合い始めたらどんどん熱くなってきてあっと言う間の2時間。

今日、少し見えて来たのは、熊楠は100年も前に自然共生について話題提供してくれていて、その議論や言葉を今ようやく形にする時が来たのではないか。熊楠の旧居や資料は娘さんの文枝さんがずっと守っていらしたが、2000年に亡くなりその遺志を託された田辺市によって熊楠の研究と発信の拠点として2006年に顕彰館が建てられた。2011年の東北の大震災や紀伊半島を襲った大水害。自然との共生する社会を考える必然も迫られ、まさに今こそ熊楠の足跡を確かめ語る時が来ていると思う。これからの田村さん達との展開にワクワクして、ずっと晴天だった熊野の2日目を終えた。

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今日は早朝から本宮大社。神官さんの撮影も依頼。到着早々に、熊楠が印象として書いている神職さんが忙しそうに歩いているさまを撮ろうと何度か普段の服装のままで境内を歩いていただいた。

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その後、暑いぐらいの陽射しの下、ありの熊野詣と言われた時代の本宮があった旧社地である大斎原(おおゆのはら)を歩く。都の人々が目指したくなる場のチカラはこちらに強く感じる。熊楠もこちらに魅力を感じていたことが文章に残されていると大竹さんから聞いて納得。広い川原にも出て土手を歩いていたら大きな鳥居が田んぼに巨大な影を落としているのが印象的だった。

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再び本宮大社に戻ると神職さんが烏帽子を冠り正装されて次の場所に移るところだったので、1分だけでもとの約束で背景を考え立っていただく。1枚テスト、2枚切って、モニター確認しようとしたら、これで終えてくださいと立ち去って行かれた。しかしモニターで見る限り、朝の撮影とは比較にならない1枚となった。

午後は中辺路を急ぎ戻り、継桜王子の一方杉。熊楠が守ったとも言え、熊楠が守り切れなかったとも言える一方杉。これまでは守ったという視点で巨樹が並ぶ様子を撮影していたが、大竹さんの想いは守りきれなかった無念もまた熊楠の気持ちという事で伐採された切り株を被写体にした。苔むした無言の切り株にカメラを向けてもなかなかシャッターが切れなかったが、しばらくファインダーを覗いていると少しずつ何かを語りかけてくれ始めたような気持ちになり、ようやく絵づくりに没頭。

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日が傾いて来た時間に、滝尻王子に立ち寄りしっとりとした雰囲気を撮影。横にある売店では「あぶり鮎」が売られていた。

いよいよ西に傾いた陽射し。帰りの電車に間に合うように田辺市内に戻ってきたら、須佐神社が西日に渋く照らされており思わず撮影。ここは11月に雨の中を良い雰囲気で撮影。

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3日間の取材の最後は南方熊楠顕彰館に立ち寄る。今回はずっと晴天で陽射しを活かした撮影に徹することができたが、前回は晴天、雨、曇天と全ての空模様を撮影できている。大竹哲夫さんとの旅は、天候、被写体、全てが抜群のポテンシャルを発揮してくれるので、ただただ腕が問われる。今回の旅は大竹さんもブログに記されているので是非。

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次回は12月!

尚、前回の「熊楠を思ふ旅」はこちからお読みいただけます。

posted by 川廷昌弘 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする