2016年05月14日

大磯の松韻。明治の風。

今日は久しぶりに大磯を歩いた。

明治の元勲たちが聴いたであろう松韻を拾い集めることができたらと思って歩き始めた。

鴫立庵の前を通り、町役場の脇から入ると良い風景が残っている。元の林董邸。その隣の尾張徳川家の義詮の別荘跡地には新しくマンションが建っていて、以前のように西日に石垣が照らされる撮影を考えていたが不可能。過去に撮影したものは貴重な一枚になった。

陸奥宗光と大隈重信の別荘は古河電工の大磯寮、隣の鍋島直大の別荘跡地に大磯プレイスが建っているが、開発大手デベロッパー連名で特別緑地保全を行っていることを示す看板があり、樹高のある老松が多く佇みスケールの大きな風景が維持されているのが素晴らしい。

伊藤博文の滄浪閣は、西武から保全を目的とした個人の所有に変わっており、金額で負けた大磯町としては保全に期待をしている状況。大きな駐車場は活用されており、海側から振り返ると約2万坪のスケールの大きな邸宅を想像できる。隣の池田成彬邸はそのまま残されている。

海側に出ると、こゆるぎ緑地に至る。ここは大磯町のトラスト基金で購入されNPOによる手入れが素晴らしく、砂地に松が育林されておりハマヒルガオも咲いている。その西側の柳原緑地は、あまり人の手が入っていないためにフォトジェニックな場所が散見。

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2009年に全焼した吉田茂邸。引退後も影響力が大きく”大磯詣”が続いたという。いま再建工事が進んでいるが、1万坪の敷地は県立公園として公開されている。サンフランシスコを向く本人の銅像。そして滄浪閣にあった五賢堂(木戸孝充、大久保利通、岩倉具視、三条実美、伊藤博文)をこの地に移し、現在は西園寺公望と吉田茂本人を合わせた七賢堂。松の間を抜ける道に、木陰が良い演出をしてくれている。

島崎藤村が晩年を過ごした静の草屋。書斎にした四畳半、縁側のある広間。「余にふさわしい閑居なり」と夫人への手紙に記し、この家での生涯最期の一言は、未完の「東方の門」の書きかけの原稿を読んでくれている夫人に話した「涼しい風だね」だった。なんと美しき人生の閉じ方よ。

こうして大磯版”兵どもが夢の跡”を1日かけて歩いてみると、大磯ならではの松韻の聴こえる風景が明治の風に乗って見えてきた。

最後に大磯海水浴場から唐ケ原まで歩き、ハマヒルガオとハマボウフウの広がる風景を撮って終了。

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ハッセルブラッド500Cに、プラナー80mmのレンズ1本。 モノクロフィルムによる「松韻」シリーズ第2弾。もっと深めていきたい。本日は4本撮影。


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2016年05月05日

東北の海岸林 4 松の記憶を撮る

4日間かけて東北の海岸林の撮影。

今回は、石巻から北茨城の五浦海岸まで南下の予定だったが、天候の問題で七ヶ浜から荒浜までを次回に積み残し。これで青森の三沢から北茨城までの津波の被害にあった松たちに出会う旅がほぼつながる。

1回目のブログ 2013年5月3日−5日 松川浦から閖上まで北上
2回目のブログ 2015年5月1日ー5月4日 青森尻屋崎から気仙沼の階上まで南下
3回目のブログ 2015年5月30日ー31日 陸前高田から小泉海岸を補足撮影

復興していく中で、立ち枯れた松が残されているだろうか、何とか留まった松たちがどんな事を語りかけてくれるのだろうかと考えながら、東北の人たちの記憶にある「松韻」に想いを馳せるシリーズにしたいと考えてコツコツ撮っている。

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5月1日(日)

さて、くりこま高原まで新幹線で向かい、11時半に駅前でレンタカーを借りて石巻へ。

石巻の渡波海水浴場。真新しく完成したばかりの大きな防潮堤。わずかに残る波打ち際には、打上げられた牡蠣がらの中に松の根っこが取り残されていた。海を隔てた大きな壁の内側には津波の傷跡を残した松林。降り出した雨に打たれながら集中していくと、段々と見えて来た情景を切り取ることができた。13時から14時半まで撮影。

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東松島の青い鯉のぼりに不意に出会う。弟を失った男性が始めた取り組み。とても共感していただけに嬉しい出会いだった。雨の湿気のためCANON EOS 5 Mark IIIが曇ってしまうトラブル。時間が解決すると信じて少し佇む。

次に向かったのは東松島市の北上運河の近く、黒松の植樹が進むエリアに取り残された松を選んで撮影。続いて鳴瀬川を渡り野蒜海岸で気になる一本松を撮影。この風景はGoogleのストリートビューのロケハン?で見つけていた岩のある風景。デジタル既視感というか、初めて訪れる場所なのに勝手が判る不思議。ここで雨が上がり薄日が差し込み夕暮れを迎える。松島に着く頃には完全に雨が上がったが日没が近く七ヶ浜を諦める。

雨中撮影はかなり疲弊したので、4日が荒天の予報のため、明日と明後日を福島撮影に切り替え一気に南下。「亘理温泉 鳥の海」で雨で冷えた体をゆっくり温めて、打ち寄せる太平洋の波の音と、鳥の海を臨む露天も満喫。そのまま一気に「道の駅そうま」まで走り車中泊。

今日の印象は、造成工事が進み海岸線が新しい開発地に生まれ変わっていること。爪痕に佇むというシーンではなくなってきている。この中で、どのような被写体を選び世界観を作るのか。しかし、この変化を写し取ることも、このシリーズに託されることのようにも感じる。写真は記録であり記憶である。

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5月2日(月)

6時起床。フロントガラスに雨がポツポツ。何とか上がって欲しいと祈りながらスタート。

松川浦のほとりを走り海辺へ至ると、雨も上がり点々と佇む松に呼ばれて撮影モードに入る。昨日と違い、地形によって崖の上に佇む松も多く”ほふく前進”の撮影となる。南相馬の磯の上地区に佇む松、右田浜で保存活動が活発な「かしまの一本松」、原町の火力発電所を通り過ぎた辺りの間形沢にある崖も爪痕が残る。村上海水浴場では工事現場に立ち枯れた一本松が残り、村上城址の近くにある湿地の脇には二本松が佇む。いずれも海岸線には真新しい白い大きな防潮堤が海を遮る。

撮影の途中にパトカーに声をかけられる。不審者が多く警戒態勢が続いているが、伊勢志摩サミットのために人員が足りず充分に注意して欲しいとのこと。南相馬周辺では、菜の花畑が広がる。除染能力を期待しているとしたら切実な風景。

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さて、いよいよマリンパークなみえを越えて帰宅困難地域であることを実感する風景の中を走り、福島第一原発に最も近く通行規制のゲートの脇にある双葉海水浴場に12時半頃に至る。

不気味なほどに全くの無人。良い波が打ち寄せる海岸も誰もいない。内陸も遠くまで見通せるが走る車も人もいない。聴こえる音は自然の営みだけ。マリンハウスふたばの時計は15時35分を指したまま。青々とした松林と立ち枯れた松林の二つのゾーンに別れており1日かけて撮影したい場所。この間に浴びる線量がどの程度になるのかわからないが、ゆっくりと時間をかけて撮影することとした。多くの人が、海水浴や波乗りに訪れたであろうことを想像しながら、感じるままに構図を決めて撮り続ける。

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撮影に手応えを感じ、この勢いを維持しながら次の撮影地に向かうが、予定していた熊川海水浴場、富岡浄化センターなど海岸には近づけず。クルマのみ通行可能な国道6号を走ると、左右に見える町は死んでいた。枯れ草が延び放題。道路脇の店は全て休業。バリケードで守られた民家も暮らしの温度が全くない。背筋が寒くなるような光景。警察官だけがこの区間で目にした人間だった。原発再稼働に躊躇のない政治指導者は、この光景を見たことがあるのだろうか。この光景を見ても何も感じないのだろうか。

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何とも言えない気持ちで走っていたら気がついたらいわき市。今日の疲れは湯本温泉で癒すことにして、松と語る旅らしく老舗の「松柏館」を選んだ。源泉掛け流しの熱いお湯。幸せな気持ちで「道の駅よつくら港」で車中泊。

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5月3日(火)

5時半起床。

今日は晴天を活かした撮影をトライ。

まずは、真新しい防潮堤によって海が見えなくなった新舞子公園をどのように撮ろうかと風景全体を見ていたが、ふと目に入った一本の松を見てこのシリーズは対話であることを思い返した。7時頃から2時間かけて撮影。続いて訪ねた合磯海水浴場では、松林が防潮堤の内側の荒涼とした場所に佇んでいた。

小名浜に向かうと、ちょうどお祭りに出くわす。多くの大漁旗がはためきとても鮮やかに目に飛び込んで来たが、震災後に漁業復興への機運を高めるために掲げたと後で知った。

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新しい防潮堤の外側に、漁港と砂浜が佇む小さな入り江の小浜には10時半頃に到着。生き残った数本の松がとても大切にされている印象のまま穏やかな気持ちで撮影。

勿来の火力発電所の奥、岩間地区で見つけた海が見える旧堤防の駐車場。ホッとする場所。このまま残って欲しいと思う。

同じ海岸線で鮫川を挟んだ対岸、蛭田川を中心に広がる菊田浦の砂浜では大きな法面を擁する防潮堤が延々と続くが、その内側に震災前は潮風に直接吹かれたであろう松林が広がる。多くの松と語り合った。

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北茨城の五浦には、予想より早く14時頃にたどり着き、余裕を持って撮影。天心が聞いたであろう松韻にゆったり耳を傾ける。こんな住環境に憧れる。その後、少し国道6号を南下して、中郷周辺、二ツ島周辺で松の木に呼び止められ日没まで充実した撮影。

天気予報では、夜から荒れ模様のようなので道の駅での車中泊を考え、少し距離があるが内陸の常陸太田市にある「道の駅さとみ」に向う事とし、途中にある「中郷温泉通りゃんせ」で夕食を食べゆっくり湯船に浸かった。

2日間かけて眺めた福島の海岸は、帰宅困難地域を除いたほぼ全域が、海が見えない要塞のような防潮堤が続いていた。日本の海岸線の景観が、黒松林の向こうに白い大きな構造物が見え隠れして、青い海は完全に見えないものになって、白砂青松が白壁青松となった事を実感する。

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5月4日(水)

5時半起床。今日は土砂降りの目覚め。

予報では昼前後に上がるので、ゆっくりと準備して走り出す。土砂降りの雨に煙る国道461号線。木造の集落が広がる美しい日本の里山風景。

五浦美術館入り口の交差点に近いお座敷カフェで朝のコーヒーを飲んで、10時頃に天心記念五浦美術館。天心の志や表現の刺激を受け、一気に晴れ上がった青空のもと六角堂に向かい撮り直しをトライして納得。

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その後、遅めの御昼ご飯をヨークベニマルで仕入れて、14時頃に昨日見つけた岩間地区の駐車場に向かいお湯を沸かしながらゆっくり食べる。

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16時過ぎに常磐線の泉駅に向かい、レンタカーを返却してチケットを買い直し、17時半のひたちに乗車。東京駅では常磐線と東海道線が同じホームで乗り換えがとってもラク。スムーズに4日間の撮影旅を終了した。

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今回4日間の撮影枚数は、今回のメイン機種であるハッセルブラッドでモノクロフィルム12枚撮りを20本。内訳は1日目3本。2日目8本。3日目6本、4日目3本で、双葉海水浴場で集中したのでフィルムにしてはハイペース。暗室作業が楽しみ。CANON EOS5 Mark IIIは約500枚、コンデジのCANON S110は約100枚で少なめ。

自分の能力を自分が信じてやらねば、いつまで経っても自己満足の写真に終わってしまう。個性と普遍。このシリーズにはそれが両立できていると信じて頑張る。


posted by 川廷昌弘 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする