2014年12月31日

2014年の最後の日に、営利と非営利の両立で見えること。

今年度は外で動き回ることを会社のミッションとして、これまで以上に意識的に対外業務を拡充した年でした。そのためか時代の変化のただ中に居ることの実感が深まった感があります。これは個人ブログとはいえ、会社員としては微妙な発言ともなるかも知れません。でも時代が動く中で生じる考えのズレにより意見が別れることを痛いほどに感じる立場として書いてみます。

「想いをカタチに」は非営利活動の合い言葉のようなフレーズです。僕も常に胸に抱いていますが、その一方で資金を考えなければより良い活動はできない。そして資金だけでなく収益性を追求しなければ継続性も危うくなってしまう。例え非営利であっても営利組織のようなセンスが問われる構造は至って単純な事ですが、これを営利組織の中で配役していくと歯がゆい事が多発します。

営利組織でも現場は目の前の業務に邁進し、「想いをカタチに」する非営利組織とも肌が合いやすく、ココロザシ高き意識を育む事ができ、まさにCSVという言葉を意識した業務を実現できそうな機運となります。若い世代ほど純粋にソーシャルモチベーションを持っているようにも感じます。しかし会社のヒエラルギーでは中間管理職となるとマネジメント能力を問われ、質だけでなく量を問われます。

ここで時間軸を林業のように考えられたら良いのですが、営利組織は往々にして自然界の育成感覚とは違う時間が流れていて、年次予算の中で成果を出すだけでなく中期視点で事業も人も社会も育成するという観点そのもを育む事ができない環境になってしまっている。きっと器量の大きな人すらも狭量なというか偏狭というか、料簡が狭い人のように見えてしまう社会になってしまっています。もちろん営利組織だからこそ中期戦略も立てるし評価軸もあるのですが、その先に何があるのか具体的に共有できていないように思うのです。

イベントの現場に立てば一目瞭然です。イベントはその場限りの盛上りだけではなく、実現したい何かの中間点であったり、これからの物語を共有するための場であったり、想いの表出の場であって営業ツールではない。少なくともそのような背景のないイベントに魅力はないでしょう。そんな現場ではココロザシの共有感があっても、練り上げの時間を共有できていない中間管理職がその場に来たらココロザシが通底できていないような空気が漂ってしまう。中間管理職の人間も本質は同じ種族のはずなのに、立場によって挨拶をするだけのネクタイ族にされてしまう。

中間管理職としてのマネジメント。ココロザシの共有の上で収益性の追求をマネジメントする能力、組織内だけではない役割分担が期待されるのだと感じます。

サステナビリティ、持続可能性、グローカリー、まだ見ぬ子ども達のため、未来からの預かり物。バックキャストのようなキーワードはいくつも散見できますが、それを実現するための具体的な言葉や行動を、非営利活動の精神性の中で営利組織が追いかける収益性を考えた事業計画として見せること。これは、きっと一つの事業計画ではない。一つの保全活動でもない。フィールドはひとつの地域を俯瞰したものであり、そこに関わる立場の多様性がなければ見えてこないような気がします。

答えを出せている人は誰も居ないけど、その鉱脈が見えていて一歩一歩近づいている人は大勢いる。事業家、公務員、コンサル、デザイナー、アーティスト、建築家、インタープリター、コミュニケーター。そんな資格や資質を持った人が、様々な業種で様々なアプローチがある。しかしそれは組織体ではなく個人の顔、生態系の一つの命という固有名詞。もちろんNGO/NPOでも、個人商店でも、個人プロデューサーでも、組織力の資源を背景にした人でも良い。

そこで大事なのは、他人ごとを自分ごとのように語る評論家ではなく、現場の実践家であり、自分ごと化、暮らしからの視点、生活者発想。言動一致、原体験を一人称で語る人であること。

CSR(corporate social responsibility 企業の社会的責任)なんて組織力がリスクとなる可能性もあるのだから、地球に生きる人間として心に常に持って行動するのは当たり前の話として、CSV(Creating Shared Value 共有価値の創造)というキーワードが本当に指し示していることは、ココロザシとビジネスの融合であり、テーマを深掘りできる非営利組織と収益性を持続させることができてきた営利組織が育む化学変化そのものだと感じます。

そんな中で、僕は広告会社という組織体にとても可能性を感じるし、その方向を企業として真剣に考えるべきだと思っている。広告代理業という一端ではなく、社会をプロデュースする会社としての広告会社。

南三陸で見えてきたことがあります。2005年に環境の仕事に就いて、気候変動、森林問題、生物多様性、なぜ環境テーマを本気で学ぼうとし環境コミュニケーション・デザインという領域を歩んできているのかが判りました。地球に生きる人間の本能として学んだとも言えますが、そのアウトプットをするタイミングに来たと感じています。デベロップメント(development)を開発や発展と訳していますが、「地域づくり」と意訳すると良いと実感しているのと同じ感覚です。産業振興、環境保全、人材育成、流域思考、物語、郷土愛、生活者発想。南三陸の皆さんとの取組みにはその全てがあります。南三陸での取組みは、日本のどの地域でも当てはまる基本形のように感じています。

僕はとても良いチャンスを得ていると思うし、僕の立場でできることを進めるだけだと信じている。広告会社の社員、非営利組織の代表、写真家。この3つの社会的な立場から見えることと創造できること。俯瞰とフォーカス。言葉にしないと誰にも伝わらない。人生は常に発信と学びの繰り返し。だからこそ一人でも多くの人とこの想いを共有することをシアワセと考えています。

今年一年、本当にありがとうございました。来年も益々よろしくお願い致します。


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2014年最後の日に自分の手に可能性を信じる




posted by 川廷昌弘 at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | エコロジー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする