2017年05月19日

ただものではない「海北友松」という絵師の人生を観た

Facebookのタイムラインで目に飛び込んだ京都国立博物館の開館120周年記念特別展覧会。最後の土日は混雑すると思い、たまたま今日の予定を見たら新横浜で15時に終わるので、思い立ったが吉日&勝手にプレミアムフライデーにして、自己表現を追求する姿を学ぶために新幹線に飛び乗った。

海北友松。恥かしながら知らなかった。観たこともなかった。武家に生まれ桃山の世に絵師として83歳まで生きた。狩野派から独立して60歳を越えてからの作品だけが展示されている。

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晴れ舞台を得た60代、体力の充実と気力に満ちた70代、豊かな詩情を表現した80代。現代ならまだしも信長が人生50年を謳った戦国時代にこの寿命。今を生きる者にとって最高の手本であり心の師匠である。

狩野派とは違う独特で自由な筆使いによる松。画面への取り入れ方とその描き方に激しく刺激を受ける。重要文化財の「雲龍図」も龍が松を描いているように見える。

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それにしても、これだけの作品をいつ頃から作品として扱い保存を目的としたのだろう。その判断をした人は誰だったのだろう。とても神経が行き渡った展示会場を見てつくづくと思う。これだけの近代技術に守られている作品は、これまでどのようにして守られ展覧されてきたのだろう。

京都国立博物館の平成知新館は、とてもゆとりある設計で大きな作品が堪能でき、1回目は丁寧に全てを見て回り、再入場の2回目は、気になった作品をじっくり見直したり階段から吹き抜けの展示場を見下ろしたりして、友松の世界を網膜に焼付けた。京都の金曜20時までの観覧は、予想通り東京と違い全く混雑することなくしげしげと自分のペースで全ての作品を眺めた。

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今のような多くの肩書きなど欲しくなく、ただ一つの写真家として生きたい僕の背中を押してくれる。まだまだ焦ることはなく、来るべき日々のために毎日を積み重ね強い精神と体力を得ることだと、会場全体から見下ろしてくれているように感じる。

僕の表現したい世界である「松韻」。これをとにかくコツコツと続ける。今日の刺激を生涯忘れることなく自分ならではの世界を構築する。誰に振り返られなくとも自分の表現を信じて続ける。

勇気をもらったと言うより、何を焦っているのかと叱責された。己を知り己を磨けと言われた。まだお前なんか見えていないから、何度でも立ち止まり考え直しやり直しても大丈夫だぞと、実は優しく言ってもらったように思う。

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建物を出ると、1年で最も日が長い季節に近づき気温も高く爽やかな夕暮れ。カフェの外の席で抹茶オーレを注文して日が暮れるまで座っていた。カタログで眺めるのではなく、展示空間で体で観なければきっと一生後悔すると思った。京都国立博物館に滞在したのは17時半から20時。このためだけに京都に行った。自分への投資。とても幸せな時間だった。

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2017年05月06日

月明かりと夜光虫

湘南の夜の幻想的な風物詩。

5日の夕方、海を散歩していたら赤潮が発生していたので、これは夜間撮影だと決めて防寒着にカメラと三脚を持って夜の波打ち際で粘ってみた。

アップした写真は、意図的に月明かりをセンターにしたもので背景に夜景がきてしまっているが、この他にも人工的な光を排除して月明かりと夜光虫だけのシンプルなアングルにもトライして、光が弱まるまで粘ったら深夜になっていた。

強い南風でカメラも自分も潮まみれになったけど、久しぶりに夜光虫を楽しむことができた。波が寄せるたびに刺激を受けて体を発光させるので、まるで丘から多数のブルーライトを照らしているような感じ。

2003年9月に生まれて初めて夜光虫を見たときは、たまたま夜の海を撮影してみようとカメラを持って行ったら、波がブルーに発光して打ち寄せるので、どこで誰が光を当てているのだろうと、ライトアップイベントなのかと本気で思ったほど見事だった。その印象のままに、今回も波が打ち寄せるたびに思わず声をあげてしまうほど。

翌日になってニュースで鎌倉が特に異常発生で相模湾全域に広がっていたと知った。今のところ漁業被害もないようで何より。

相模湾では、ほぼ毎年のように4月ごろから9月ごろまで、海水温の上昇に伴って赤潮が発生する。特に潮目に沿って帯状に広がるヤコウチュウによる赤潮が発生する特徴があると、神奈川県の資料には書かれている。赤潮はプランクトンの異常発生によるものと言われているが、プランクトンが必ずしもヤコウチュウとは限らないようなのでラッキーだった。

好天続きのGWで、さらに素敵な被写体をプレゼントしてもらえて幸せです。

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月明かりと夜光虫


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2017年05月04日

東北の海岸林6 牡鹿半島の静かな入り江

5月2日、今日から南三陸を出て、車中泊の撮影旅に出る。

まず、雄勝に向けて走り出し、途中、石巻で味わい深い佇まいを撮影。雄勝では、雄勝硯協同組合の高橋さんにいろいろ教えてもらった。

硯としては仏教の布教と共に必要となった硯石をこの地で見出し産地となって約600年。明治に入って洋風建築に必要なスレートに、この石が合うということになり普及。東京駅に使用されたのは有名。しかし採石量はそんなに多くなく、津波に呑まれた素材を拾い集めて磨いて販売している。とても思いを感じる商品。自宅用に購入する。

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雄勝硯協同組合の高橋さん達

さて、松韻シリーズである。

今回は牡鹿半島の海水浴場を訪ねることにし、まず最初に向かったのは雄勝の荒波海水浴場。ここは砂浜のど真ん中に雄勝特有の大きな岩が鎮座している。いつまでもこの風景が守られて欲しいと願う。

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荒浜

女川方面に向かっていたが日没のため、指ガ浜の仮設住宅跡地で車中泊。21時にはダウン。

5月3日、4時起床。

あまりにも寒いのでダウン着用。女川駅に向かい駆け足観光した後、地名が素敵な夏浜海水浴場に到着。小さい砂浜だがとてもきれいで静かな場所。歩いてビックリ鳴き砂だった。

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夏浜の出会い

ここで、石巻から釣りエサにするいさだを採りに来た老人と話し込む。この辺りでの釣り道具屋で3,000円ぐらいで当たり前に売っている「いさだ網」を器用に扱って短時間でバケツ2杯分。それを砂にまぶして持ち帰るという。撮影もさせてもらったが、あえて名前も連絡先も聞かずに別れた。旅の良い思い出にしたかった。

続いて女川原発の隣にある小屋取海水浴場で撮影。原発の有刺鉄線の前に津波に洗われ立ち枯れた一本の松がある。これを撮影していたら、予想通り警備員がやってきた。聞かれることはわかっていたので、東北の海岸線で津波の記憶を刻んだ松を撮っていると伝えた。

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女川原発の敷地と砂浜

次の撮影地に急ごうと思ったら、五部浦湾の野乃浜に立ち枯れた松が何本も佇んでいる。これは1時間コースだと思って粘る。手応えは感じる。少し調子が出てきたように思い次に急ぐ。

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野乃浜にて

十八成浜。海水浴場らしい典型的な松が数本残って元気に立っている。その海側には巨大防潮堤の建設が進む。その中で1本、とても立ち姿が美しい松があり、その印象のままに撮影。去りがたい場所。

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十八成浜の防潮堤工事

夕暮れとなり、御番所山の展望台に。初めて金華山を望んだ。草地の斜面にいい感じで佇む松を撮影。頭上では松韻がそよぐ。ここからの夕暮れが良くて日没まで撮影したので、ここで車中泊とする。月夜の外はダウンが必須の気温だが寝袋は暖かく快適。

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御番所山からの眺め

5月4日、3日目の朝、明るいので目が覚めたら6時半。寝坊である。地図アプリでチェックした海水浴場を訪ねる行程。昨日は、朝の老人とののんびりした時間を過ごしたことで心にゆとりができ、充実した松韻撮影ができたので朝からスイッチが入っている感じがする。

石巻市の谷川浜は、平地は何もなくなってしまった風景が広がるが法面が広い防潮堤が姿を現していた。大谷川浜は小さな集落のエリアで防潮堤はない。いずれも撮影対象がなく先を急ぐ。

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完成間近な防潮堤

前日に撮影した野乃浜。意外と広く反対の端には女川第六小学校と第四中学校の跡地があった。記念碑を見ると小学校は明治6年開校とある。閉校は2010年で136年の歴史を刻んでいた。地方も都会も豊かさは関係なかった証しではないかと感じる。浜では打ち上げられた松が海に向かって立ち上がっている。その後ろ姿に思いを込めた。

隣の大石原浜でも打ち上げられた松、崩れた崖から抜け落ちた松、立ち枯れた松。いずれもその印象をより強くできるよう撮影した。

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女川第六小学校前の浜

ちょうどお昼前に女川駅周辺に入ってしまって少しの距離だが渋滞にはまった。この連休で初めての渋滞。すぐに抜けて御前浜海水浴場に向かう。ここでは良い被写体がなくお昼ご飯を食べて沖を眺めていたら、少し先に気になる入り江が見えた。

正確な地名はわからず、地図アプリで最も接近するあたりに車を止め道を探すが道はなく、杉林や竹やぶを縫うように人が歩いた跡を辿って降りていくと、誰にも使われなくなった空間が広がり、5月の日差しに立ち枯れた木々や打ち上げられた木々が眩しい浜だった。

立ち枯れた木は広葉樹だったが多数打ち上げられたものには松が多く、この地でも聞こえたであろう松韻に思いを馳せ、じっくりと被写体と向き合いシャッターを切った。

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地名のない入り江

ここから一気にくりこま高原駅に向かおうとしたら、波板海水浴場とある。立ち寄らないわけにはいかない。松韻風景を感じる被写体はなかったが、小さな砂浜の全体を歩いてみた。丘には津波でさらわれハワイのオアフ島に流れ着いた第2勝丸が奇跡の生還と看板が立てられ置かれていた。

これで今回の車中泊での撮影は終了。

天候の加減で幸いなことに、日々ヤマザクラの花のつき方が変わっていった。もう散り際かなと思ったら咲き始めでみるみる満開を迎えていった。牡鹿半島の道では、カーブを曲がるたびに多様なヤマザクラが立ち現れ、ハンドルを切るのが楽しく気分が高揚する運転だった。

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カーブを曲がるたびに声をあげていた

今回は、地図アプリで海水浴場を探し航空写真で松韻写真が撮れそうか目星を付けて走ってみた。たとえ良い被写体がなくても、夏の賑わいを想像する楽しい空間に出会う旅ともなった。

日が沈めば車中泊の準備を始め、その日1日の撮影成果を整理する。そうするうちにうとうとして眠ってしまう。日の出前後に目が覚めてまた走り出す。天候にも恵まれた自分の表現を探し求める旅。

数カ所では防潮堤の建設が進む一方、海抜の低い道路から穏やかに海を望める場所もまだ残る。自分が撮影した写真には、これから意味が付いていくことになる。

考えられないぐらいのボリュームの仕事や活動や学生生活などで睡眠時間を削って生きているが、少しでもこんな時間が過ごせて幸せだ。

時間は自分で作るもの。もちろん理解者あっての実行。また旅に出よう。

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こんな風景に出会えるから旅はやめられない

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2017年05月02日

南三陸で4年目のGW

ゴールでウィークの初日は新緑に恵みの雨。

南三陸の入谷にある、さんさん館の「かもしか文庫」で、林業家の佐藤太一くんと今後の活動について2人で語り合う。いつもながら発展的な議論が重ねられて心地よい。

南三陸の山はタイミング良くヤマブキが盛り。大好きな眺め。2014年に初めて山を撮影した時もこの季節。ヤマザクラも咲き揃い始め、しっとりした風情が写欲をそそる。日没まで撮影。

2日目は朝から快晴で気温も上昇。ヤマザクラがあちこちで主張を始めたので出会い頭を楽しむ1日にしようと思い、空振り覚悟で秋の紅葉で印象に残った場所を訪ねてみることに。入谷、志津川、戸倉に歌津。駆け足で町内を巡り、期待した場所は桜ではなく、思わぬところで咲き誇っていたり、日没後の最後に出会った桜は志津川湾を背景に佇んでいた。

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林業地を彩るヤマブキ

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思わぬところでの出会い

3日目、午前は町役場で会議、午後は戸倉でFSC認証、ASC認証を取得している「南三陸杉」と「南三陸戸倉っこかき」のものがたりとものづくりを考える「山さございん」と「海さございん」プロジェクト合同実行委員会を開催。

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海さ、ございん&山さ、ございんプロジェクト実行委員会

冒頭に漁協運営委員長と森林組合長から熱い議論を促す挨拶でスタート。

漁協からASC南三陸戸倉っこかきの販売状況と、森林管理協議会からFSC南三陸杉の販売状況の報告や、南三陸ブランド、南三陸のプレミアムなおもてなしを具体的に進めるための事業の昨年度報告と今年度計画を事務局から共有。

そもそも南三陸の海や山にとってASCやFSCとは何かから、価格に反映する高付加価値とは何かまで、それぞれに白熱した議論が行われ、密度の濃〜い3時間となった。

夕暮れ、波伝谷に佇む桜が印象的でいつまでも去りがたい気持ちで撮影。

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波伝谷の夕暮れ

4日目の朝、南三陸は神行堂山の火防線トレイルを撮影。鈴木卓也さんをリーダーにパタゴニア社員の方々や様々な大学の学生達がコツコツと切り開くプロジェクト。思えばパタゴニアの篠さんに南三陸に誘ったことがきっかけとなって、卓也さんの志を支える良きパートナー企業となってくれた。

今日は、神行堂山の山頂に向かう火防線を歩いてみた。山頂あたりで皆伐地があり一気に視界が開け、空気もクリアで遠く雪をかぶった山々が見え、イヌワシが再び舞う空に想いを馳せる時間。

聞こえてくるのは、様々な野鳥の鳴き声、アカゲラの突く音、駆け抜ける風の音、自分の乱れた呼吸だけ。ああ幸せなり。

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神行堂山の火防線トレイル

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2017年04月05日

故郷の桜

毎日、桜のニュースを聞ける季節がやって来た。

しかし、少しずつだが気候変動の真っ只中にいる事を実感する季節にもなって来た。

生物多様性の保全を考えると、クローンであるソメイヨシノを日本各地に植樹すると、日常ではなかなか見えてこないが生態系の乱れを懸念する、という正論もある。

ただ、僕は日本の風物詩として暮らしに溶け込み、多くの人の郷土愛に響く桜前線を描いてくれる、この植物を肯定的に考えたいなと思ってきた。

ここ数年、ソメイヨシノが観察研究対象となり日本における気候変動の象徴的な存在にもなってきている。クローンであるがゆえの役割でもあり、日本人の心の拠り所だから社会実験としても意義深い。

今年、早々に開花宣言があった東京は、しばらく冷え込んで満開が遅れ気味。長期的に考えると気候変動は不安だが、今年だけの事を考えれば長く桜が楽しめそうだ。一方で、鹿児島では温暖化の影響で咲き揃わない可能性があるらしい。


九州大学が桜前線で気候変動のシミュレーションをしている。

その結果が一部公開されているが、2100年には、北九州から関東までが同時期で咲き始め、東北への北上と南九州への南下と言うのが、前線の動きとなるらしい。

暖冬の影響で休眠打破が遅くなったり、種子島や八丈島あたりの南限が北上して南九州も咲かなくなってしまう可能性もあるらしい。

10年ほど前、地球温暖化防止国民運動の仕事で、地方テレビ局やラジオ局の皆さんと企画を繰り出したが、北極のシロクマの危機だけでなく、地元の農作物の危機でもあると説明していた頃が懐かしい。

故郷を離れている時間が長くなると、故郷の桜の開花が気になって仕方がない。ますますそんな気持ちが強くなっている。

「LINEで桜の写真を送るから、あんたもLINEやって」

先日、進化を続ける77歳の母から連絡があった。今朝、実家の前の桜の写真が送られてきた。どうやら掃除中に撮ったらしい。

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母が撮影


阪神淡路大震災から20年の節目に出版した写真集「芦屋桜」。今年は特に眺めたい気持ちになっている。

芦屋桜は、写真家サイトでダイジェストでご覧いただけます。

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2017年02月25日

熊楠を思ふ旅 第4弾

2月24日、いよいよ開催できた。
「Japanese Ecology Project〜南方熊楠のゆかりの地を歩くガイドマップ編集会議!〜」

CEPAジャパンのプロジェクトのひとつ。世界にも発信できる日本の自然共生文化を、過去の偉人をキャラクターにして共感を得られるようなコンテンツにできないかと考えた第一弾。水野雅弘さん肝いりのプロジェクト。熊楠ゆかりの場所の映像マップを企画。

生誕150年を迎える熊楠のエコロジー思想を追いかけ、その場所に訪れてみたくなるガイドブックの制作内容を検討する会議。南方熊楠顕彰会の方々ともご相談させていただき、何とか開催することができた。

水野雅弘さんの熊野での人脈をフルに活かしてもらって、集まってくださった全員から持ち味豊かな発言をいただき充実した時間となった。この議事録そのものが読み物としてもきっと抜群だと思う。参加者のご了解をいただき会議は動画で記録したので頑張って書き起しをする事にした。最後に全員が「編集企画委員」となることを承認する拍手で閉会!記念の集合写真を撮り終了。

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「南方熊楠のゆかりの地を歩くガイドマップ」編集企画委員!

ガイドブックの冊子と映像は今夏完成予定。いよいよ水野さんとのスペシャルなプロジェクトが始動だ。

===
講義「南方熊楠と紀南の景勝地」
田村義也さん(南方熊楠顕彰会学術部長)

ミニ講演
「私が何故かひかれる三人の日本人」
藤田一照さん(曹洞宗国際センター所長)

「熊楠ゆかりの地を歩くガイドマップ候補地」
大竹哲夫さん(み熊野ねっと代表)

ご参加
玉井済夫さん(天神崎の自然を大切にする会)
弓場武夫さん(ふるさと自然公園センター)
岩野公美さん(環境省田辺自然保護官事務所)
中村千佳子さん(環境省田辺自然保護官事務所)
松下やす子さん(田辺市議会議員)
寺本尚史さん(那智勝浦教育委員会)
松上京子さん(元田辺市教育委員)
坪野賢一郎さん(元和歌山県紀南図書館長)
後藤さやかさん(映像作家)
山口猛さん(旅禅代表)
石丸美穂子さん(上富田町観光コンシェルジュ)
大浜由美子さん(古道セラピスト)
西尾浩樹さん(南方熊楠顕彰会事務局)
杉山和也さん(南方熊楠顕彰会)

進行
川廷昌弘(CEPAジャパン代表)
水野雅弘(CEPAジャパン理事 & Green TV JAPAN代表)

2月25日

南方熊楠を思ふ撮影の旅の番外編。今日の同行者はいつもの大竹哲夫さんではなく、熊野地域でガイドビジネスを開拓している「旅禅」の山口猛さん。ご自身は関東在住ながら、熊野に魅せられて拠点を置き事業を興した人。とてもエネルギッシュ。

今日の目的地はいよいよ那智の原始林!山のガイドは山伏の生熊哲也さん。足取り軽くけもの道も川を渡るのもスタスタ。熊楠が粘菌を探し求めた山は熊野那智大社の神域。そのため、まずご祈祷して、白玉石を奉納してから山に入る。厳かなり。

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白玉石を奉納

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禰宜さんが厳かに舞う

那智青岸渡寺の墓所の脇を通って山に入っていく。山道を上がるとまず杉の大樹に出会った。樹齢800年程度ではないかと推察されるそう。力強い枝を意識して撮影。やはり所々に杉の大樹が点在している。川沿いを歩いたり渡ったり。水量がそれなりに多いので石が滑るため、わらを靴に巻いて歩いた。それにしても水の透明感が素晴らしく清々しい。

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樹齢800年程度と言われる一方杉

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那智の滝となる透明感抜群の水流

まず一息つくのが二の滝。とても女性的な曲線の滝。艶やかな印象。途中、粘菌も探しては立ち止まり、粘菌ではないかと思われるものを見つけると地面に這いつくばってマクロレンズで迫り、少しだけ熊楠の気持ちに近づけたような気がして寝転がったまま空を見上げたら、高木の枝がそよぎ優しく微笑んでいるように見えた。

そしてさらに山をあがっていくといよいよ三の滝が待っている。近づいて撮影を始めると、何と!!虹がかかり始め、見る見るうちに滝壺を縁取っていく。鳥肌ものだった。生熊さんからは「持っとるなあ。スゴいわ。」熊野の神域で、神様に迎えていただけたようだ。

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滝壺に沿って現れた虹をバックに山伏の生熊さんと記念の一枚

感激を維持したまま下山。アスファルトの上に戻ると、こんなに歩きやすいものかとビックリ。しかもピンと背筋が伸びていて、足の運びや階段の降り方も姿勢が良くなったような気がする。やはり人間は山の上り下りを歩いている生き物であるべきだと痛感。

帰りの電車まで少し時間があったので、大門坂あたりの熊楠が逗留した大阪屋旅館跡周辺を撮影。熊楠が疲れた足取りで、くたびれた足袋で歩いたであろう地面のままではないだろうかと気合いを入れてシャッターを切る。梅の香りに目を向けると、熊楠が足を運んだであろう谷が背景に見える。

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熊楠の足音を思う

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熊野は梅の季節

これで足掛け5回目の撮影。コツコツ撮り貯めて良いシリーズになってきたように思う。

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2017年01月17日

今年の117に思う

阪神淡路大震災から22年。

倒れてきたタンスの重みも忘れ実感は薄れていくが、毎年117はあの日に思いを馳せるようにしている。今年はあの日を起点に自分が何を思うのかを記してみる。

人の価値観を変えるには自分が意図せず体験する事が欠かせない。僕の場合はタンスの下敷きになったことだったと後で振り返り気づいていった。

ひとつは写真家として自己表現を積み重ねる作品を構築する中で視点が育まれることに気づいたこと。

もうひとつは環境省の国民運動の仕事の中で新しい価値観を探そうとしている自分に気づいたこと。

新たなライフスタイルをという活動をしていると様々な人がいることに気がつく。原理主義的からファッション感覚まで。僕は僕らしいバランス感覚でその道を真っ直ぐに進むように考えている。

僕らしいとは、それは常に当事者であること。

博報堂で、チーム・マイナス6%での業務実績から環境コミュニケーション部を創ってもらい部長となり、いまはCSRの推進担当部長として独自のソーシャルアクションのあり方を拓く視点。

2010年のCOP10で、生物多様性の主流化に関するコミュニケーションの決議にNGOの立場で自ら提言を行い、それを実践する環境コミュニケーションのプロボノ集団「一般社団法人CEPAジャパン」を仲間と設立し代表として模索する視点。

ひとつの道を複数の視点で見るという俯瞰とフォーカスする感性。創造力。

SDGsを推進する今は、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンのSDGsタスクフォース・リーダーという立場も加えて、企業プラットフォームというもう一つの立ち位置からの視点。

そして新たに研究者の立場から、先行研究の文脈に入り実業の経験をそのまま取り入れた思考により検証だけでなく社会実装を目指したいという視点。

政府、国連機関、アカデミア、メディア、企業、NGO、一般生活者、すべてのセクターとの協働による未来のためになる行動変容を考え国民運動的な仕掛けを模索する。

週末や平日の朝の波乗り。全身で感じる海、脳みそだけでない刺激から得る何かが全ての思考を生んでいるというつながり。

僕には、ライフワークではなく生き方そのもの、日々の拠り所、生きる糧となっている。

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芦屋霊園からの眺め 2017

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2016年12月10日

もっと身近に生物多様性を、さかなクンと一緒に考えよう!

今日は東京ビッグサイトで開催されている「エコプロ2016」のイベントステージでさかなクンと登壇。アナウンサーの奥村奈津美さんとも2年連続。

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今年のタイトルは、「世界の優先課題SDGsも始まった!愛知ターゲットは大丈夫か日本!もっと身近に生物多様性を、さかなクンと一緒に考えよう!」

「一般社団法人CEPAジャパン」理事メンバーの想いが詰まったタイトル。

このステージイベントの実施は、CEPAジャパンとして企画立案から協賛社集めまで行い、運営主体は理事の団体のThink the Earthが行い、セブン-イレブン記念財団の力強い支援を受けて立ち上げた「生物多様性アクション大賞」を、「国連生物多様性の10年日本委員会(UNDB-J)」(事務局:環境省)における生物多様性の主流化施策の主要事業と位置付けられてきた賜物。

UNDB-Jのアンバサダーであるさかなクンに、「生物多様性アクション大賞」のアンバサダーにも就任していただき、事業の告知とステージイベントに協力してもらっています。今年で3年目。本当に有り難いでギョざいます。

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恐るべしさかなクンの動員力!エコプロで人気No1のステージになっています。

少し振り返ると、生物多様性を日常の暮らしで感じるための「MY行動宣言5つのアクション」を環境省に提案し採用され、さらに「生物多様性国家戦略」に提言し記述され、国民運動的ツールとして使用してもらうようになり、全国から5つのアクションの事例を集める普及事業として「生物多様性アクション大賞」創設し、その大賞受賞団体の発表の場として考案した生物多様性の普及啓発イベント。すべて一つの事業としてパッケージなのです。

まずは「生物多様性を知っていますか?」と質問からスタート。エコプロの会場でありながら4、5名程度の挙手でビックリ。調査データを鵜呑みにしてダメですね。

自然と共に生きることの大切さを伝える「CEPA=伝えるコミュニケーション、教える学ぶ教育、広める普及啓発」の団体CEPAジャパンを名乗り、5つのアクション「たべよう・ふれよう・つたえよう・まもろう・えらぼう」を改めて説明し、今日は「たべよう」をこの人と考えましょう!というってさかなクンを呼び込みます。

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撮影:イノウエヨシオさん

そしてさかなクン、模造紙に魚を描きながらのトークショー。身近な東京湾に暮らすいきものをクイズ形式で紹介してもらいます。最初は2匹の予定でしたが、さかなクンが描き始めると、すぐに子ども達から手が挙がり、正解の連発。予定よりも早く進み、今年は4匹も描いて子ども達にプレゼント。カタクチイワシ、カサゴ、コウイカなど、その生態を面白おかしく判りやすく話してくれるさかなクン流のエンターテイメントです。

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撮影:イノウエヨシオさん

続いてSDGsを紹介!国連が去年の9月に採択した「世界を変えるための17の目標」。例えば、飢餓や貧困をなくすことから、気候変動や海の豊かさも、陸の豊かさを守ろうことなど、世界の課題が整理されたもの。さかなクンだったら、目標14の「海の豊かさも守ろう」ですねと話すと、「14、ジューヨン、じゅーーーーよーーーーでギョざいます〜!!」と受けてくれたり、「全てはつながり合っている大切なことばかりでギョざいますね!」とSDGsの本質を見抜いて説明してくれ、僕から会場の皆さんに、「これから学校の授業や会社で、このSDGsのお話が出てきますので覚えておいてくださいね!」と話せたのは良かった。

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撮影:イノウエヨシオさん

生物多様性アクション大賞を知ることができる「いきものぐらし」のトップページを投影したら、さかなクンが「良い絵でギョざいます!」と鮭の遡上を説明してくれて、今は二十四節気の大雪ですねと言ったら、「タイセツ、、、とても大切でギョざいます!」

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撮影:イノウエヨシオさん

さていよいよ「生物多様性アクション大賞2016」の大賞受賞団体「糸島こよみ舎」の5分間のプレゼンテーション。糸島市の人々に取材して聞いたり見たりしたことを365日の歳時記にして日めくりカレンダーとして毎年内容を変えて商品化!日々の小さな自然の変化が全てつながり合っていることを肌で感じることができます。今、他の地域にも活動が伝播していて、会場の皆さんにも是非作ってみてはと呼びかけ、さかなクンの365日はどうですか?と話すと、「月めくりまででギョざいます〜」と恐縮しつつ、素晴らしい取組みですね。とコメント。

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撮影:イノウエヨシオさん

そうなんです。こうして、自然に支えられた地域の日々の暮らしこそが大切で、さかなクンと伝えたい生物多様性の大切さも会場の目の前の東京湾の魚のお話。そして東京湾を潤すのは山から沢山の川となって流れ込むミネラルタップリの水。さかなクンが言ってくれた通り、SDGsも東京湾も糸島こよみも、みんな命のつながり合いを伝えているのです。

「生物多様性がわかってきたよっ!という人は手を挙げて〜!」と言うと、会場の全員の手が挙がりました。これこそがCEPAジャパンの活動でやりたいスタイルの一つなのです。

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撮影:イノウエヨシオさん

多くの親子に共感されている、さかなクンのような素敵なアンバサダーのチカラを借りて、地域の地道な取組みからも学ぶ場づくり。生物多様性が各地に宝物のようにたくさんある事を感じてもらえること。地域の自然のつながりの中に人間も存在することを感じてもらうこと。それも親子で楽しく笑顔で。子どもは未来であり、彼らの日々に還していかねばならない生物多様性。それをこのような形で伝えること。CEPAの醍醐味を実感したステージとなりました。もちろん奥村奈津美さんの時間を考えた気配りの進行も大切な要素デス。

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撮影:佐藤健一さん

さかなクンとCEPAジャパンとして3回目のステージ。一つの形が出来た充足感に包まれる今です。すでに次のアイデアが浮かんできました。まだまだ頑張らねばなりません。次のステージに向います。

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さかなクン、奥村さん、今年も本当にありがとう!ギョざいます!!


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2016年12月04日

熊楠を思ふ旅 第3弾

12月2日(金)

今日から3日間、紀伊半島の南端。熊野の撮影第3弾。いよいよ、大竹哲夫さんとの熊楠をガイドに熊野を撮影する旅の最終回。大竹さんは熊野に住み、「み熊野ねっと」の管理人として熊野の風物を発信しながら熊楠の研究を進める在野の研究者。その大竹さんが出版を予定している「熊楠とめぐる熊野の旅」の挿入写真の撮影を勝手に買って出て、2泊3日×3回で大竹さんが書いている33カ所と追記予定の1カ所を加えた熊楠ゆかりの地を、大竹さんの解説付きで巡るとっても贅沢な旅。

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羽田空港から望む富士山

今回は羽田発10:25にしてゆっくりスタート。幸先良く、羽田空港から富士山がスッキリ見えてます。11:40に白浜空港に到着し、過去2回同様に大竹さんと車で移動。まず向かったのはまずまずの色づきだった紅葉の奇絶峡。そして上富田町の田中神社。田の中に佇むその名の通りの神社も熊楠に守られたもの。その暖かい陽射しに照らされた佇まいに熊楠の想いを重ねられるようにファインダーから覗いてみた。

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田中神社

そして、中辺路を一気に走り中辺路名物で市の天然記念物になっている福定の大銀杏。1/3ほど散っていたけど、それが良く黄色い絨毯と大銀杏が抜けるような青空との色バランスとコントラストが素敵。市内の老人ホームからの集団は来年も来ようねと声が聞こえ、車で来た家族連れは落ち葉で遊び、ご近所なのか老夫婦が手をつないで歩く。この大銀杏、宝泉寺というお寺の境内に立ち地域で守られてきたようで熊楠のゆかりではないが、100年前にはどのぐらいの存在感があったのだろう。山あいの大きな陽だまりの里に幸せな時間が刻まれていた。

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福定の大銀杏

雲が増えてくる中、市内に戻り、世界遺産に追加登録された闘鶏神社。熊楠の奥さんの松枝さんは、この神社の宮司さんの四女。世界遺産になったためか日没間際にも観光バスが入ってくる。宮司さんがマイクを通して随分と軽妙滑らかに語り続け観光客の足を止めている間に一気に撮影を進めることができた。この神社林も熊楠の大切なフィールドであり、とても大切な場所で思入れも格別だったのではないかと、夕暮れに佇む大きな楠のシルエットに想いを込めてシャッターを切り今日の撮影を終えた。

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闘鶏神社の大楠

夜は早めに紀伊田辺駅近くの味光路。大竹さんオススメの「かんてき」へ。最初に白子のポン酢和えを口にして、程よい温度で口に広がりウーンと唸ったら、「それで唸っとったら、最後まで唸りっぱなしやで!」とカウンターの中から厳しそうな表情の親父さん。「最後まで唸らせて」と返したら、ニヤッと笑みで返してくれた。次々食するたびにウーンと唸らされ、最後にこの2品。ウツボの刺身は炙った部分があり、食感と味覚のダブルパンチ。思わずウーンと唸りながら噛みしめ、サバの棒寿司は、あまりに新鮮で経験した事のないプリップリな食感に酢飯との組み合せ。ウーンどころではなく、「これ何??」と言ってしまっら、「今日のは珍しく冷凍もんやのうて水揚げしたてのサバやで。」親父さんの笑みの訳はここにあり。最後は、「美味しかったというより幸せな気持ちにさせてもらいました。」と言って店を出ようとしたら、親父さんの笑顔が見送ってくれた。

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鯖の棒ずし。この厚み、プリップリ。

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ウツボの刺身

12月3日(土)

さて2日目は7時過ぎに宿を出て橋杭岩に向かう。潮があげていて海面に浮かぶ岩のシルエットを駆け足で撮影し、古座の九龍島へ。ここでも逆光を活かして波打ち際の輝きとシルエットを組み合わせて狙ってみる。与えられた条件を楽しむのが僕の身上。

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九龍島

次に新宮市三輪崎漁港まで足を伸ばし孔島と鈴島を撮影。ここは大竹さんが追加記述したいと考えている場所で、港を工事する際に地元の人が島を残したいという声があがり、やはり熊楠が助言したことが判っている。

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三輪崎漁港

小ぶりな鈴島は面白い地層が露出しており、今日の強めの熊野の陽射しが強い陰影を作り出し魅力的な被写体になってくれている。

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鈴島

大きな孔島は地元の人の地道な努力で今やハマユウの群生地となっており、芦屋の実家から湘南に球根を持ってきて毎年花が咲くのを楽しみにしているハマユウ好きな僕にはたまらない島。ハマユウ好きの僕のために一つぐらい咲いていないかと探して歩いたら、熊野の神様のお茶目さからか、まさかまさかのこの季節に1つ咲いていて来訪を待っていてくれた。ここに柿本人麻呂の歌碑が立つ事を大竹さんのみ熊野ネットにも記されている。

「み熊野の浦の浜木綿(はまゆふ)百重(ももへ)なす心は思へど 直に逢はぬかも」

大竹さんにこの歌の通り「ハマユウは熊野の花だから川廷さんはここに来るべき人でしたね」と言ってもらえて感激。来夏にはハマユウ爛漫の風景を撮りたい。

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孔島のハマユウ

うららなお天気のおかげでついついと長居をしてしまい、お昼ご飯は三輪崎漁港にあるシンプルな食堂に飛び込み。漁港にあるだけに特製ランチの鰹のタタキが旨かった。

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鰹のたたき!

帰路、潮がひいていたので橋杭岩に立ち寄りもう少しアングルを工夫してみる。そして大竹さんのとっておきのお気に入りの場所へ立ち寄ってみた。映画「溺れるナイフ」のロケが行われた串本町の小さな入り江。まるでプライベートビーチのように誰もいない静かな場所で、ふっと息抜きできる場所。カメラを向ける時だけ太陽も雲から顔を出してくれた。

会議の約束があるので一気に南方熊楠顕彰館まで戻る。田辺市内に自生していた安藤みかんを熊楠が絶賛し自宅の庭にも植えて果汁を絞って愛飲していたようで、これを増産すれば農家が繁盛すると考えて地元の自治体の首長に苗木を送ったと言われている。熊楠自邸の庭にある安藤みかんに向けてシャッターを切り今日の撮影を終える。

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熊楠邸の安藤みかん

その後、顕彰館の会議室で、顕彰会の皆さんと熊楠生誕150年周年に向けて、「南方熊楠ツーリズム」の取組み方について話合い。僕が代表を務める自然とともに生きることの大切さを伝える「一般社団法人CEPAジャパン」の理事で盟友である水野雅弘さんがここ南紀に移住した事により実現が可能となる、熊野の皆さんとのネットッワークを活かしたCEPAジャパンの地域活動に、顕彰会の皆さんのお力添えをいただく方向で建設的に進めて行くことになった。大竹さんとの旅で、熊楠ツーリズムの事前調査を行っている事にもなるので、話合いにも肌感覚や想いを込めることが出来る。写真家という立場を活用し、血肉として地域を理解していく僕なりの方法論なのだ。

夜ご飯は水野さんオススメの味光路の「千成」へ。生しらすからスタート。水野さん、大竹さんと、「南方熊楠ツーリズム」についての語り合い。大いに脱線しながらも企画の方向性を見定めて最後は鰻の棒鮨で締め。美味しいものを食するとはこうもシアワセなのかと熊野では教えられる。いろんな方々の力を借りてカタチにしたいと想いは募る。

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生しらす

12月4日(日)

いよいよ熊野撮影の旅、第3弾の最終日。まだ陽射しがあったので白浜にある南方熊楠記念館。来春のオープンに向けて改装工事が続く。敷地の入り口にシダ植物のオオタニワタリ。これは周参見湾に浮かぶ稲積島が自生の北限と言われ熊楠も保全に尽力をしたが、その後は乱獲にあい絶滅したもの。そんな話を聞かなければただのシダ植物と建物に足早に向い見過ごしそうになるが、事情を知ればこの風景は感慨深い。大竹さんから特徴を教えてもらいながら、その魅力を引き出すアングルを探す。そうすると被写体がとっておきのアングルへと導いてくれる。男であれ女であれ植物であれ昆虫であれ汚物であれ何であれ惚れた対象を被写体とするか被写体と決めた対象に惚れること。これが僕の理解だ。

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オオタニワタリ

続いて中辺路を進み霧が名物の高原へ。雨が今にも降り出しそうだが霧は次の機会に委ねるとして、霧の里たかはらで早めのランチを取り、やはり熊楠が保全に関わった高原熊野神社の大楠を撮影。

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高原神社の大楠

撮影していると雨も本降りになり、帰路に紅葉が目に付く滝尻王子を季節を意識して撮影。

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滝尻王子

そして市内に向かい、最後に訪ねたのは、今回、世界遺産追加登録された八上王子跡。ここはいつも雨の中を訪ねていることになる。しっとりと濡れた風情が似合うと勝手に解釈している。

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大竹さんと八上王子跡にて

そして今日も顕彰館。今日は学術部長の田村義也さんと「南方熊楠ツーリズム」構築に向けた段取りを打合せ。有り難い事に田村さんからは、CEPAジャパンという組織の活動を大きく捉えていただき、あくまでも南紀熊野のローカル活動としての熊楠コンテンツと位置づけてもらい、こちらの思考もスッキリして自分たちの役割というものを考える機会となった。

これで、全9日、目的とした訪問は少なくとも34箇所。大竹さんのオススメ場所を含めると36箇所。雨天は2日。それも半日だけだったが要領良く雨の風情が撮影できた。粘り過ぎて予定時間を押してしまいつつも予定した場所で常に巡り合わせの良いシャッターチャンスが訪れる旅で大竹さんとの相性の良さを勝手に実感。だからこそ眼力と腕を問われる取材でもあり写真家精進の良い機会となった。それと、熊野の多くの神様の中に、絵心のある写真の神様もいらっしゃったのだろうな。感謝です!

大竹さんは様々な所で講演した原稿をウェブで公開している。その中で熊楠が示したサステナブル・ツーリズムについての記述が「南方熊楠が夢見た地域の未来」という講義の中にあるのだが、このようにして熊楠の言動を非常に判りやすく解釈して伝えてくださる。熊楠を現代に伝承する貴重な人材なのだと思う。

そんな大竹さんから学んだ熊楠を通して感じる熊野。これで終了することなく、機会を見つけて足を運び質と量を充実させていきたいと思う。特に湿度を帯びた熊野らしい光景が欲しいし、熊楠の粘菌の世界や森のバロックと言われる世界も表現したい。まだまだ規定課題を残しているのだ。

文中の熊楠ゆかりの地のテキストリンクは全て大竹哲夫さんが管理する「み熊野ねっと」です。

これまでの大竹哲夫さんとの撮影紀行「熊楠と熊野をめぐる旅」はこちらからお読みいただけます。
2016年10月 熊楠を思ふ旅
2016年11月 熊楠を思ふ旅 第2弾

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2016年11月05日

熊楠を思ふ旅 第2弾

今回も4時30分起きで出発し3日間の写真家活動。今日は風の影響なのか飛行コースが前回とは違う気がして下界を見ていたら、熊楠が昭和天皇にご進講した神島を発見。空港で大竹哲夫さんと合流して、まずは南方熊楠顕彰館に向かう。

大竹さんの手配で、熊楠直筆の文書の撮影である。緊張感抜群、マスクをして丁寧にセッティングと撮影を繰り返す。中学校の原稿用紙に書かれた「大坂毎日新聞編集局御中 紀伊田邊南方熊楠」から始まる「神社合祀反対意見」。牟婁新報の原稿用紙に書かれた「神社合祀反対意見」。そして!柳田国男によって印刷物となった「南方二書」。その原文は松村任三宛に書かれた3mほどになる2通の手紙。所々にスケッチが描かれているが印刷物にはそのまま印刷され、毛筆で細かく書かれた文章はキッチリと活字で印刷されている。どれだけの想いを込めて書き綴ったのかと熊楠に想いを馳せると同時に、原稿を起こし直すのは大変な作業だったのではないかと思われ、柳田国男の熱意に想いを馳せる撮影でもあった。

続いて、熊楠旧居の書斎も許可をいただいて中にも入って撮影していたら、もっと熊楠を感じる写真が撮りたくなって、熊楠が使っていた眼鏡の持ち出し許可をいただき大竹さんに持ってもらって撮影。これでようやく熊楠が書斎にいるような気分を得て納得。

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さてお昼ご飯を急ぎ食べて、熊楠ゆかりの日吉神社。 今日は近隣の人が大勢集まるお祭り。白装束の男達が海から神輿を担ぎ近くの浦安神社に向かって歌を歌い、日吉神社に向かう。こちらでは猿が乗った神輿が待ち構えており、2つの神輿が激しくぶつかり合いながら、白装束の神輿が鳥居を何とかくぐり抜けると勝負あったとなる。黒山の人だかりの見物人がいるのだが、酒に酔った男衆が入り乱れて混戦状態。きっと熊楠の時代もこうだったんだろうなあ。

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さて、祭りの後半まで見ていたら日没が近づいてきたので、急ぎ鳥の巣へ移動して神島の夕景を撮影。やはり熊楠が昭和天皇にご進講したこの島には、何か格別な想いを抱いてしまう。ただ眺めているだけでも満足な時間。今日一日抜けるような青空とキレイに染まる夕空。撮影は単調にならないよう工夫した。

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2日目は山歩き。熊楠が植物や粘菌採集に通った市街地からも近い竜神山。山頂にある龍神宮まで歩き境内や味わい深い山道を撮影。熊楠は、神社合祀でこの山の濫伐がひどくなり河川災害が増えていることを指摘。極めて基本的な流域災害の視点からも、神社合祀が地域の安全を脅かすようなことがあってはならないと強く感じる。今は中腹の斜面にはみかんが鈴なりになって紀州の風景を織りなしている。往復2時間。良い運動。

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さて午後は、中辺路を一気に走り本宮に向かう。渡良瀬温泉から川湯温泉にいまはトンネル数秒で抜けられるが、トンネルがない頃に使われていた生活道を歩き、尾根道にある神社のホコジマさんを訪ねる。ここは日本の聖地ベスト24!山の中の交差点、いわゆる辻が今も残る。そして樹間にこつ然と木製の一の鳥居が現れる。何とも言えない存在感。そしてしばらく歩くとニの鳥居が光に浮かぶ。空気を伝わるこの「気」が写って欲しいと念じてシャッターを切る。ホコジマさんにまつわる話は大竹さんの「み熊野ネット」に詳しい。

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それぞれ往復2時間の山歩き+撮影1時間ほど。良い感じで疲れた体のまま、南方熊楠顕彰館に立ち寄り、学術部長の田村義也さんと初めてお会いし、主任の西尾浩樹さんと4人で打合せ。来年の「南方熊楠生誕150周年記念事業」をきっかけに、熊楠のメッセージを現代に伝えたい取組みについて説明して、語り合い始めたらどんどん熱くなってきてあっと言う間の2時間。

今日、少し見えて来たのは、熊楠は100年も前に自然共生について話題提供してくれていて、その議論や言葉を今ようやく形にする時が来たのではないか。熊楠の旧居や資料は娘さんの文枝さんがずっと守っていらしたが、2000年に亡くなりその遺志を託された田辺市によって熊楠の研究と発信の拠点として2006年に顕彰館が建てられた。2011年の東北の大震災や紀伊半島を襲った大水害。自然との共生する社会を考える必然も迫られ、まさに今こそ熊楠の足跡を確かめ語る時が来ていると思う。これからの田村さん達との展開にワクワクして、ずっと晴天だった熊野の2日目を終えた。

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今日は早朝から本宮大社。神官さんの撮影も依頼。到着早々に、熊楠が印象として書いている神職さんが忙しそうに歩いているさまを撮ろうと何度か普段の服装のままで境内を歩いていただいた。

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その後、暑いぐらいの陽射しの下、ありの熊野詣と言われた時代の本宮があった旧社地である大斎原(おおゆのはら)を歩く。都の人々が目指したくなる場のチカラはこちらに強く感じる。熊楠もこちらに魅力を感じていたことが文章に残されていると大竹さんから聞いて納得。広い川原にも出て土手を歩いていたら大きな鳥居が田んぼに巨大な影を落としているのが印象的だった。

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再び本宮大社に戻ると神職さんが烏帽子を冠り正装されて次の場所に移るところだったので、1分だけでもとの約束で背景を考え立っていただく。1枚テスト、2枚切って、モニター確認しようとしたら、これで終えてくださいと立ち去って行かれた。しかしモニターで見る限り、朝の撮影とは比較にならない1枚となった。

午後は中辺路を急ぎ戻り、継桜王子の一方杉。熊楠が守ったとも言え、熊楠が守り切れなかったとも言える一方杉。これまでは守ったという視点で巨樹が並ぶ様子を撮影していたが、大竹さんの想いは守りきれなかった無念もまた熊楠の気持ちという事で伐採された切り株を被写体にした。苔むした無言の切り株にカメラを向けてもなかなかシャッターが切れなかったが、しばらくファインダーを覗いていると少しずつ何かを語りかけてくれ始めたような気持ちになり、ようやく絵づくりに没頭。

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日が傾いて来た時間に、滝尻王子に立ち寄りしっとりとした雰囲気を撮影。横にある売店では「あぶり鮎」が売られていた。

いよいよ西に傾いた陽射し。帰りの電車に間に合うように田辺市内に戻ってきたら、須佐神社が西日に渋く照らされており思わず撮影。ここは11月に雨の中を良い雰囲気で撮影。

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3日間の取材の最後は南方熊楠顕彰館に立ち寄る。今回はずっと晴天で陽射しを活かした撮影に徹することができたが、前回は晴天、雨、曇天と全ての空模様を撮影できている。大竹哲夫さんとの旅は、天候、被写体、全てが抜群のポテンシャルを発揮してくれるので、ただただ腕が問われる。今回の旅は大竹さんもブログに記されているので是非。

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次回は12月!

尚、前回の「熊楠を思ふ旅」はこちからお読みいただけます。

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