2012年05月20日

熊野古道センターでの写真展「オープニングイベント」ギャラリー対談トーク

今日も朝6時に起床、山小屋から機材を持って山に入りウラジロシダの美しい斜面を探して撮影。曇天でしたが、ウラジロシダの神秘的な作品づくりには好都合のコンディション、昨日の朝、気付かなかった斜面でも撮影に没頭。もしかしたら一日でシダの新芽も大きくなって、昨日よりも今日の方が状態が良かったのか、それとも僕の眼が慣れて見抜けるようになったのか、いずれにせよ作品のストックになった事は間違いないと思えます。

さて、2時間近く撮影して尾鷲市内へ向い、国道42号線沿いのコンビニで中日新聞を購入。昨日の取材記事がカラーで掲載されていました。題字横の記事は有り難いです。良く見ると題字は「くろしお版」、素敵です。記事も尾鷲支局長の中西さんが、わかりやすくまとめてくださってとても有り難い内容。今日のギャラリートークの告知にもなっており感謝、感謝です。

さて、ギャラリートークですが、どんな方が聞きにきてくださるのかまったく予想もできず、速水林業代表の速水亨さんとの対談内容はその場の雰囲気、アドリブでいくしかありません。集客も心配でしたが、気がついたらほぼ用意された席は埋まり30名ほど、関係者を入れると40名といった感じです。最初に林業の方を聞きましたが5、6名程度、ならば林業の展望とかも入れた方が良いなと思いつつスタート。

最初は簡単に自己紹介をして、速水さんとの出会いに触れ、速水さんにお話を振って、そしてまた僕が話して、、、という展開で進めて行きましたが、僕の写真の話、どのように林業の現場を伝えたら良いのか、林業そのものの話と進めるのがとても難しい、、、速水さんは、どんな話でもグイグイとご自身の言葉で話してくださるので面白く、自分の聞きたい事を皆さんの前で話していただく展開で定着していきました。

林業家は「森」とは言わず「山」と言う、山では「生物多様性」だけでなく「万物多様性」が育まれる、「魑魅魍魎が跋扈し、八百万の神がおわす」というようなお話から、バイオマスエネルギーまで、そんな中で林業の危機に対しての手だてとして、住宅建築の地産地消、つまり地域の気候風土にあった建材で技術や意匠などで個性を育む必要がある、ドイツは日本のように画一的なハウスメーカーはなく地域ごとに建築されているというお話と、日本では家を車と同じ感覚で買っている、つまり日本人は家も完成時にベストを求めてあとは傷んでいくもの、という感覚は車と同じで、本来の家というのは住んでから個性が育まれよくなるもの、という買い方をしていないというお話が出てきました。

それと、僕が何気なく口にした「風景」という言葉に対して、内山節さんが表現されている「情景」という言葉で地域の営みについて話していただきました。「情景」とは、地域の人の「仕事」によって構成されていくもの。つまり給料をもらうために働くのは「稼ぎ」であり、地域、社会のために無償で働くのを「仕事」と言い、「仕事」によって育まれた「風景」は、地域の人たちの郷土愛に育まれた「情景」と呼ぶのが相応しい。これはいただきます。という事でうまく話を締める事ができました。

果たしてご来場くださった皆さんにはどうだったのか、、、センターの方々は面白かったと喜んでくださっていましたので、少し安堵しました。たくさんのご来場、本当にありがとうございました!この様子はビデオでも撮影していただいており、後日編集されたものをモニターで熊野古道センターに来場された方が観れるようです。

最後に今日は速水さんのバースデイである事を皆さんにお話し、取り寄せておいた、神戸ユーハイムの復刻バームクーヘンをお渡ししました。これは90年前にドイツ人のユーハイムが日本で初めて作ったと言われているバームクーヘンを本店でのみ購入できるというものでした。喜んでいただけたのでホッとしました。

トークの冒頭で、速水さんにとって僕は、林業の話をしたら良い形で吸収してくれている手応えのある奴だから付き合っている、というような表現をしてもらえて光栄でしたが、とにかく撮影を重ねてみて、林業の現場を理解し、山の情景を理解し、それでもまだまだ吸収せねば本当の林業の良い写真はまだ撮れていないようにも思えています。さらに、それ以前に、今日も「情景」という言葉を改めて噛みしめ、良き人工林の風景は、まさに「情景」であり、僕は、「情景」を撮りたかったんだという事を言葉で説明できるようになれました。

つまり、僕の写真のコンセプトというか掲げているスローガンである、「地域の大切な資産、守りたい風景、記憶の風景を撮る。」はより心に近い形で言い換えると、「地域の大切な資産、守りたい情景、記憶の風景を撮る。」という事になります。

さあ、7月1日までの1ヶ月半、できるだけ多くの方に観ていただきたいなと思います。よろしくお願い致します。


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中日新聞5月20日朝刊


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速水亨さんとのギャラリー対談トーク
(撮影:熊野古道センター堀内さん)


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30名ほどのご来場がありました
(撮影:熊野古道センター野田さん)


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速水さん、エンジンがかかってきました
(撮影:熊野古道センター野田さん)


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新聞社2社が取材に、中日新聞は中西さん、紀勢新聞も中西さん。
(撮影:熊野古道センター七見さん)


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とても楽しい時間でした
(撮影:熊野古道センター堀内さん)


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速水さんにバームクーヘンを
(撮影:熊野古道センター七見さん)


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2012年05月19日

熊野古道センターでの写真展、始まりました

朝6時起床し、山小屋の外で朝ご飯を食べて、すぐにカメラを担いで撮影。ウラジロシダが神秘的な季節の入り口にいる事を確認し撮影に集中。前回、露出を思い切った判断ができなかったので、今回はモニターをほどほどに見て自分の勘所で撮影。やはり一気に時間が過ぎていきます。次は馬越峠に向かってやはりウラジロシダが魅せる風景を撮影し、熊野古道センターにお昼前に到着。

いよいよ企画展示の初日です。

最初にお話をしたのは地元の写真クラブの強者の方々。風景、人物、そして色味を褒めていただき、かねてから地元の方に認めてもらってこそ撮り続けられると経験上考えていましたので、とても良いスタートが切れました。さらに地元名物のさんま寿司をわけていただき感謝、感謝です。

その後、中日新聞の支局の方が取材に来てくださり、僕の写真コンセプト「地域の大切な資産、守りたい風景、記憶の風景を撮る。」に至った経緯や想いを語りました。明日のギャラリートークの告知になるよう明日の朝刊に掲載を検討くださるとの事、感謝、感謝です。

お名前は聞きませんでしたが、伊勢市から来られた年配の男性と若い息子さん、FSC認証に反応、切り捨て間伐、放置林の修復の写真などを解説し、様々な会話を楽しみました。息子の世代に引き継ぐためにも、おかしいものはおかしいと言っていきたいとお話され、息子さんは届いているよと応えている光景がとてもまぶしく、自分の個展会場でこのような光景を見れる事の幸せをかみしめていました。

切れ目なく様々な方が来場くださり、うれしい限りです。

夕方、明日ご一緒にギャラリートークをする速水林業代表の速水亨さんがふらっと来て、写真を一緒に見て回りながら、熊野古道センターの方々と林業に関するお話をご教示いただきました。とにかく知識がすごいのです。僕の1枚の写真からどこまで広がるのだろうと思うぐらいの内容。山桜を残したエピソードから大型機械の導入のきっかけまで、明日のトークをどうするか、ますますノーアイデアになっています。写真をなぞりながら、速水さんとのフリートークを楽しみたいと思います。


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大田賀山林 ウラジロシダの季節


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熊野古道、馬越峠


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熊野古道センター企画展示室

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2012年05月18日

いよいよ明日から熊野古道センターで企画展です。

昨夜19時半に湘南を出発し、初めての新東名を走り、激しい雷雨を通り抜け、4時間ほどで津インター。そこから1時間半ほどで三重県紀北町海山区にある大田賀山林の山小屋に到着。ところが近くに雷が落ちたのか山小屋は通電していなくて真っ暗。懐中電灯を持たずなので、窓からこぼれる車のライトを頼りに荷物を運び込み、布団に潜り込みました。

7時半起床。電気が復旧していました。9時に熊野古道センター着。企画展示室の床には、昨日のうちに速水林業の川端基洋さんが運び込んでくださったチップ、丸太、林業の道具がセッティングしてあり、すでに展示室はヒノキの香りで充満。そんな中でセンターの職員のみなさんとセッティング開始。

お昼を挟んで夕方、照明のセッティングまで終えてセンターのみなさんと記念撮影。撮影は僕の三重県の写真の師匠である川端徳夫さん。写真展でも展示している山桜の瀬場谷を教えてくださった方です。崩れそうな林道を軽自動車で走りはしごを高台にかけて撮影。とても一人では見つける事もできない隠れた名撮影ポイントです。ここに2年続けてご一緒していただき、徳夫さんの奥様のお手製の弁当をいただきながら、カメラを並べて朝から日没まで一緒に写真を撮ったのでした。

夕方に地元の新聞社2社、紀勢新聞と南海日日新聞の記者さんから取材を受けて、センターを後にしました。地元のスーパーで、食料を買い込んで山小屋まで戻り、ゆっくり食してから川端徳夫さんの書斎へ遊びにいきました。約2時間以上、語り合いました。一緒に撮影をした2年分の山桜の写真ファイルを見せていただきましたが、まったくかないません。コンパクトデジカメで撮影されているので全体にシャープネスな写真ですが、バリエーションが豊富、その一枚一枚の完成度の高さ、どんな構図も堅実に形にされているのです。僕と撮影した事で学びがあったと言ってくださいますが、僕はもっと修行が必要です。

大田賀山林のゲートを開けるために車から降りて空を見上げると、満天の星空。今回の写真展を祝福してくれいるようです。山小屋に戻り川の水を利用したお風呂でシャワーを浴びました。川の水なので乾きやすく、少しタオルで拭くと肌がサラサラします。明日は早起きしてウラジロシダが少し幻想的な風景になり始めていると思うので撮影してから熊野古道センターの初日に向かいたいと思います。


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撮影:川端徳夫さん

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2012年05月15日

写真で表現「湘南の海辺の小さな町」ワークショップ

3月から延期となっていた写真のワークショップをようやく開催します。

カメラを持って湘南の小さな町を歩く。見えてくるものは、きっと人ぞれぞれ。それを1週間後に持ち寄って、同じ大きさのボードに自由に貼って発表する事で、いろんな見方がある事を共有して楽しみましょうというものです。

町並みが個人の資産の集積であり、自分も風景を構成する一人なんだという気付きや、地場産業に従事する人の話を聞きながらあたりを見渡すと被写体がたくさんある事に気付いたり、一緒に歩く人たちがそんな所で立ち止まるんだと気付いたり、写真を撮る楽しみ、自分の個性を改めて感じる一日を皆さんと楽しみたいと思っています。

このワークショップの開催のきっかけは2009年の春に平塚市美術館の主催で開催した僕の写真で表現ワークショップに二宮のまちづくり工房「しお風」の神保さんが参加してくださって、二宮町でも是非やってみたいという話からでした。

平塚市美術館「写真で表現」ワークショップ
2009年4月19日 写真で表現の撮影日
2009年4月29日 写真で表現の最終日


そして二宮でこのようなワークショップを開催しました。
湘南邸園文化祭
2009年11月28日 写真で表現ワークショップ
2009年12月05日 未来に残したい風景展 

そして今回は地場産業に眼を向けて、湘南の小さな町の営みに少し触れるような事ができないかと思っています。そして、この町歩きは僕の年間の撮影のためのロケハンも兼ねています。一年を通じて、湘南の小さな町の営みを撮る事ができないだろうかと考えています。

今はデジタルカメラやスマートフォンのおかげで、本当に手軽に写真を残す事ができるようになりました。であればせっかく町を歩くなら、どんなカメラでも構わないので、自分の感じたままにシャッターを押して1日歩いてみませんか。きっと結構な数を撮っていると思います。それをできるだけ選り好みせずに、プリントしてたくさん持って来てもらって、できるだけ第三者の目になって選んでパネルに貼っていくと、きっとその人だけの町の物語が生まれています。自分がこんな風に見ていたのか!という発見など、一緒に歩いた方々と発表しあって共有する事で、写真を撮る事の楽しさや町を歩く楽しさを改めて感じていただければ、イベントとして成功です。是非、一緒に歩いてみませんか?

ワークショップのチラシです。
二宮町歩きWS.pdf
二宮町歩きWS.png

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湘南にのみや魅力発見ワークショップ
「未来に伝えたい発酵文化、地場産業をテーマに二宮町を歩く」

湘南の海辺の小さな町・二宮町の自然や景観を守るために、町内を写真撮影しながら町歩き、その写真をもとに二宮の魅力や物語性を発見するためのワークショップを開催します!

日程
5月26日(土)9:30〜15:00 JR二宮駅改札前集合
1日町歩きをします!
(小雨決行、ただし荒天の場合は27日に変更)
昼食代1,000円(季節の地産のお弁当をご用意します。)   

          
6月 2日(土)9:30〜15:00
撮影した写真を持ち寄ってボード制作をします。 
それぞれ二宮の印象を共有、
湘南の海辺の小さな町を振り返ります。
※ボードは主催者が提供し、作品は主催者に提供をお願いします。


講師:川廷昌弘(かわていまさひろ)日本写真家協会 (JPS)会員
主催:まちづくり工房「しお風」
共催:NPO法人湘南スタイル
★ ガイド、ガイドブック付き


問合せ先「しお風」神保智子
電話:090-3142-9358
Mail : shiokaze@mj.scn-net.ne.jp

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二宮教会


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2012年05月14日

湘南の老漁師、丘に上がって出版

あれは2年前のゴールデンウィークでした。

二宮町のまちづくり工房「しお風」の神保さんの依頼で、二宮町で漁をしていた西山敏夫さんが「大きな波には向かっていったが、寄る年波には勝てねえ。」と丘に上がる事になったので、最後の漁の季節を撮影する事になったのでした。一日の撮影の予定だったのがなかなか舟に乗せてもらえず、結果さまざま予定を変更して3日通いました。今となっては本当に良い経験、良い記憶です。

2010年5月3日 二宮の老漁師の引退
2010年5月4日 今日も老漁師の撮影に、、、
2010年5月5日 老漁師の撮影も3日目、、、

その西山さん、語り始めると海の物語をかなで、ペンを持つと素敵な文章を書く、とても奥深い漁師さん。そんな西山さんを30年追い続けてきた丹沢山麓にある夢工房の片桐務さんが、西山さんの文章を世に出す運びとなりました。その際に声を掛けていただき、あの3日間に撮影したとっておきの写真を、表紙と扉に提供させていただきました。

今、手元にありますが、手にいい感じにおさまる良いサイズで、読書欲が沸いてくる感覚。

タイトルは「一旦力(いったんりき)セギルベエー」、そして本の帯には、「伝えたい!言葉の海 五代150年 相模湾の漁師が刻んだ生命の海・漁業と人模様!」。

地域文化の伝承、消してはいけない灯、生物多様性に支えられた地域の営み。自らがこのようにして文学作とにして残す。なんて素敵な人生なんでしょう。素晴らしいです。その作業に関われた事を光栄に思い、今後のCEPA(生物多様性やサステナビリティに関するコミュニケーション、教育、普及啓発)活動のあり方を考える教えとして、受け止めたいと思います。

片桐さん、ありがとうございます。そして西山さん、ありがとうございます。


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漁師・西山敏夫の相模湾「一旦力・セギルベエー」
(発行:夢工房 定価1,470円)


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2012年05月13日

鵠沼海岸で過ごす午後、津波避難施設の建設

今日はのんびり過ごせた一日でした。

午前中に家の周りを掃除したり車を水洗いしたり。午後は近くのスーパーでお昼を買って海辺の芝生の丘でピクニック。トンビに攻撃されないよう考えてゆっくり食べて、夕暮れの涼しい風に体を冷やさぬように切り上げました。良い季節、良い時間。ここはとっておきの場所です。

日没にもう一度、海に出て浜昼顔を撮影。そして潮風に吹かれながら堤防から実家に電話。

わずか1ヶ月前は心停止で運び込まれた救急治療室で生死を彷徨っていた父が電話口に出て来たので「退院おめでとうございます」。奇跡のようですが、11日に無事退院を果たしたのです。医療を越える生命力、そして多くの方々の祈りに支えられています。多くの皆様に感謝申し上げます。ありがとうございます。

あの頃はただただその時の想いを書き連ね、危篤状態の顔写真まで撮影し、母や妹から不評を買いましたが、今となっては良い記録です。母からは「あんたも写真家なんやなあと思ったわ」と言われて少しホッとしました。さて、母には特に具体的なものは何もないのですが、「感謝」と「ありがとう」という言葉を精一杯伝えたのでした。

カーネーションではありませんが、母にこの浜昼顔の写真を贈りたいと思います。

そして工事の看板があるので見てみると、なんと鵠沼海岸にも「津波避難施設(タワー)」が建設されていました。関東大震災の時の鵠沼海岸の津波の高さは約8m、今の商店街あたりまで浸水したようですが、引地川の蛇行が今よりも境川に近く、地形がずいぶん違いますので参考にはならないかも知れませんね。現在の堤防は関東大震災時の被害を想定した高さになっていると聞いています。

しかし今は想定外を出さないために、神奈川県の場合は過去の地震と今後想定される地震と合わせて12のマップがあります。この建設中の施設は大丈夫なのでしょうか?完成時の高さは表記されていませんでしたので、ぜひ公表して欲しいと思います。


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今年の浜昼顔、母の日に


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鵠沼海岸の夕空


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津波避難施設の建設現場


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2012年05月06日

笠間で焼き物を選ぶ

北茨城在住の画家、毛利元郎さんからいただいた、日本の味覚の素晴らしさというか、和食文化に親しめる事を喜びと感じる事ができた「水戸の梅」をどうしても買いたくて、亀印本舗が運営する「お菓子夢工場」に立ち寄り、しばらくお菓子とにらめっこ。

そして、里山の風景を楽しみながら国道50号を笠間に向けて走りました。

笠間では向山窯(笠間焼きプラザ店)、きらら館、笠間焼窯元共販センター、を中心に見て回り、きらら館では、笠間焼のコーヒーカップで無料コーヒーをいただき、外のデッキでくつろぎ、共販センターでは、これはと思える厚手で荒削りなマグカップを探し当て、お世話になっている方へのお土産にして、外はとんでもない激しい雷雨となっていますが気持ちは充実。

明日の事を考えて、17時ごろに笠間を出発して北関東自動車道から常磐道、そして首都高、横羽線、横浜新道と進めましたが、途中から雨もあがり、なんと渋滞なし。気まぐれ2人旅は爽やかに終えました。


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2012年05月05日

初めて訪ねた六角堂

郡山市内を午前中に出て、磐越自動車道を一路いわき市へ。

途中、野趣溢れる桜のある風景に魅せられてたまらず撮影。早めに出たつもりがやはり遅くなって、昼過ぎに着いたアクアマリン福島の混雑ぶりに何か安堵しながら、家族連れ、それもおじいちゃん、おばあちゃんも一緒という微笑ましい家族連れが多く込み合う中を食事。勿来の海岸に波乗りをする人たちが集まるのをみてさらに安堵、もう一歩先に進めて津波後に復活した六角堂へ。

岡倉天心が明治38年に設計した「観瀾亭」と名付けられていた太平洋に洗われる六角堂。そして松林の中に佇む岡倉天心邸。津波によって六角堂は基礎を残して持っていかれ、少し高台にある天心邸も床下まで浸水。ここは1913年に天心が没した後、遺族が住まわれていたようですが、1942年に横山大観が会長である天心偉蹟顕彰会に遺族から管理が引き継がれ、さらに茨城大学へ引き継がれ、1955年に茨城大学五浦美術文化研究所が設立されたそうです。

当時、日本美術院はこの地を拠点とし美術界に情報を発信していたのかと思うと、静かに佇む松や建物ですが、今日の激しく打ち寄せる波の音により、この地に情熱を強く感じるのでした。その思いを強くするのは、一つには六角堂の再建に関する基本方針が、徹底して創建当時の姿を再現する事を掲げている事と、もう一つは、津波による被害を乗り越え、これまでの日本美術院に関する調査だけでなく、復興記念館の建設まで視野に入れた、五浦地区全体の復興を計画しているという説明を読んだからでもあります。

天心が気に入り移住までしたこの地の魅力を、六角堂を中心として整備され、被災を過去のものとして刻み、多くの人が訪れ心を癒せる地になる事を、お祈りしたいと思います。今日、最後の客となり、誰も居ない芸術ゆかりの地に2人で佇み、短いけれど豊かな時間。

車に乗り、西日に照らされたまだ津波の爪痕が生々しい大津港を眺め、今日は水戸まで進めて明日のゆとりにつなげます。


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桜の風景


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天心邸の廊下


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六角堂


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六角堂の横で打ち付ける波


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松韻の天心邸

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大津港

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2012年05月04日

一路、福島、茨城へ。

鵠沼海岸を午前中に出て、渋滞する都内を抜け東北道を北上。私的で静かな気まぐれ2人旅の始まりです。

季節を逆行するように走り白河インターで降りて大内宿へ。国道269号で、桜のある風景に車を停めては、シャッターを切りながら走ったため日没間際に到着。かなり気温が低く体を冷やしながら散策。大内宿は、日光街道にある会津から2番目の宿場として、1640年頃に整備された周辺の藩にも活用された重要な路線だったようです。

現在のような形で存在するのは、昭和40年代に茅葺職人の調査をされた武蔵野美術大学の相沢教授が保存を訴え、当時の大塚町長が時間をかけて説得して、昭和56年に重要伝統的建物群の指定を受けたためで、現在は年間120万人の観光客が訪れ、農業からお土産店、蕎麦屋等へと変わってきているようですが、未来の子どもたちへ引き継ぐために「売らない、貸さない、壊さない」という住民憲章の3原則で、景観の保存と伝統的な茅葺きの技術習得と継承に取り組んでいるそうです。(大内宿観光協会HPより)

コミュニティの継承、地域資産の保全、いま日本各地でもっとも大切な精神を具現されている方々は、とても人当たりの柔らかな印象でした。


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R256、西郷村


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大内宿

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2012年04月30日

熊野古道センター企画展示打合せ

朝日の時間に山小屋を出て歩いてみました。ウラジロシダの神秘的な季節には少し早く、大きく伸びようと両腕を広げて体を伸ばしているような形をみて、こちらもようやく心身ともに落ち着く方向がみえつつある暮らしにバンザイをしたくなり、思わず誰もいない山の中でバンザイを叫んでいました。

10時に速水林業のまちかど博物館に集合して古道センターの七見さん、速水林業の川端基洋さん、僕の三重県の写真の師匠で、今は林業は引退されている川端徳夫さんと、企画展示の打合せ。本当は大きなノコギリなどチェーンソーのない時代の道具を展示しようと考えたのですが、昭和40年代からチェーンソーを使い始めた事を考えると、僕には古いと思える道具も、林業のサイクルで言えばほんのちょっと前まで使っていたもので、地元の人にしたら当たり前の道具。古道センターの展示としては、歴史を語るには浅すぎると言う事で、現代の道具をみてもらった方が良かろうという事になりました。


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まちかど博物館に展示されているノコギリ


企画展示室のフロアには、当初の予定通り丸太を3本をドーンと配置する事にもなり、なかなか迫力のある写真展になりそうです。それから速水林業はフロアに置く椅子などをFSC認証のものにしたいと考えていたので、ウッドメイクキタムラさんに皆さんと一緒に出向いてお話をしたところ、僕一人では交渉不成立だったと思いますが、皆さん普段からの熱きお付き合いがあるため、ベンチや小物などトントンと決まってイメージはほぼ出来上がり。その後、熊野古道センターに行ってフロアで確認。丸太の置く方法も決まり搬入に向けてそれぞれの準備となります。

気がついたら外は豪雨。さすがに雨量の多い尾鷲、降り方が半端ではありません。バケツをひっくり返したような雨。この古道センターの建物はこのような豪雨は日常と考えていたようで、軒下が大きくとってある事に気づきました。とても安心感があります。

さて、肝心な写真作品は、撮影した地元での展示でもありますので、昨年、銀座、名古屋、大阪のキヤノンギャラリーで展示した50点に、撮影した作業する方々の全員の写真を加えるため8枚追加し、さらに今回撮影した馬越峠の作品も追加してみようと思います。

15時に打合せを終えて、豪雨の中を急ぎ「津」に向けて車を走らせましたが、あるトンネルを抜けると雨が降っていません。トンネルの向こうは日本でも最大級の雨量を誇るエリア。何か別世界を背中に感じながら帰路を急ぎました。

熊野古道センターのイベント紹介ページはこちら。

私の森.jpのイベントページはこちらから。


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ウラジロシダの新緑が少しアクセントに


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